見出し画像

ワタリガラスがこの世界にどのようにして光をもたらしたのか

2019年にボブ・サムさんが来日した際に語った神話『森に還ったワタリガラス』(Raven walks into the forest)は、こんな風に始まります。

「最初にワタリガラスが、太陽、月、星をもたらしてくれたおかげで、私たちは生きていられる」

ワタリガラスがこの世界にどのようにして光をもたらしたのか。これはクリンギット族の創世神話とも言われる物語『The box of daylight』(太陽の箱)の中で語られています。

神話の中でワタリガラスは、しばしば「トリックスター」と表現されます。

「トリックスター」とは「神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を展開する者。往々にしていたずら好きとして描かれる」とのこと。実は僕はこの意味がよく理解できずにいました。

『The box of daylight』(太陽の箱)で、次から次へと繰り広げられるワタリガラスのたくらみを知ったとき、僕は「ワタリガラスはトリックスター」という意味が、少しだけですが理解できたような気がしました。

筆者による抄訳ですが下記にご紹介します。

ワタリガラスと太陽の箱
Raven and the Box of Daylight

※日本語訳はこの動画のナレーションを参考にしました。

ワタリガラスは周囲を見渡した。真っ暗だった。
太陽も月も星もなかった。
むかしむかしそのむかし、地球はワタリガラスの羽のように暗かった。

ワタリガラスはナス川に辿り着いた。
そこで彼は夜の漁師から、光りを宝物として隠し持っている老人のことを教わった。
ワタリガラスはその老人が暮らすナス川上流へと飛んだ。

老人は裕福で、たくさんの宝物を持っていた。
一番の宝物は太陽、月、星で、家の中の箱に隠していた。
愛娘も彼の宝物だった。

ワタリガラスはその娘を好きになった。
ワタリガラスは針葉樹の葉に変身すると、川の水の中に漂った。
召使はそのことを知らず汲み上げて、娘も気付かずにその水を飲んでしまった。
ワタリガラスは娘の身体の中に入っていった。
娘は妊娠した。

9か月後、娘は人間の赤ん坊の姿をしたワタリガラスを産んだ。
ナス川の酋長である老人は、この小さな孫を愛した。
彼はどこから来たのか、誰だったのかなど考えることはなかった。
自分の孫だと信じていた。
彼は孫の言うことはなんでも聞いた。

小さな男の子に生まれ変わったワタリガラスは、部屋の中を見渡し、どこに宝物を隠しているのか知った。
彼が話せるくらいに大きくなった時、ついたての向こうにあるあの箱で遊びたいとねだった。
母親はだめだと言った。
でも、ワタリガラスがあまりに泣くので、老人は彼に箱を与えた。

誰も見ていない時を見計らって、ワタリガラスはその箱を開けてしまった。
すると箱からたくさん星が溢れ出し、天窓を通って夜空に散らばっていった。

いったい何が起こったのか!?
老人は信じられなかった。
星の箱の中はすっかり空っぽになっていた。
男の子はたいへんなことをしてしまったと、謝るふりをして泣き続けた。

男の子がいつまでも泣きやまないので、老人は「これで遊びなさい」と二つ目の箱を孫に与えた。
母親は反対した。
彼女の父が孫を甘やかせすぎている思ったからだ。
でも老人は「この子はとても良い子で、星だってわざとなくしたんじゃない」と言ってかばおうとした。

二人が言い争っている間に、ワタリガラスは二つ目の箱を開けた。

すると箱の中から、柔らかな羽が静かに風に舞うように月が浮き上がり、天窓から出て行ってしまった。
老人は捕まえようとしたができなかった。
だれがやってもだめだった。
月はもう誰かの所有物ではなくなったのだ。

今は夜空に月がある。人々はその月明かりに照らされて、自分たちが暮らしてきた世界を見ることができるようになった。

画像1

老人は宝物を失ったことを悲しんだが、小さな孫を愛していたので、許すことにした。
しかし、一番大きな箱に孫を近づけることはなかった。
それは最後に残された彼の一番大切な宝物、太陽の箱だった。

ワタリガラスはチャンスを待っていた。
ある夜遅くに、彼は人間の子どもからワタリガラスに戻った。
世界中のすべての人が眠っているときに、彼は留め金を外し、ゆっくりと箱を開けた。
素晴らしい光が出てきた。
その光は天窓を通って昇り、やがて星や月を隠していった。
陽の光は、世界中の人々を目覚めさせ、驚かせた。
彼らは初めて太陽を見た。
そして初めて彼らが暮らしている世界を見た。

老人も同じだった。
彼はワタリガラスを見た。
それが孫だったことに気が付いた。
そして何が起こったのかを知った。

彼は宝物が亡くなってしまったことを悲しんだ。
それ以上に孫がいなくなったことを悲しんだ。
しかし、陽の光が天窓を通って差し込み、老人を暖めた。
彼は周りを見渡した。
はっきりと見ることができた。
そして彼は納得した。

おわり



いいなと思ったら応援しよう!