雨はいい。醜い感情さえもかき消して、肯定してくれる感じがするから。
あー、これがアレだなと思った。
いつきが言ってたやつだ。
記憶は何と紐づいているかわからないってやつだ。彼女の場合は、雪のイラストと夏の大学だった。
そう、それだ。
ぼんやりと漫画を読んでいた。何度も読んでいるはずなのにふと、主人公が雨を眺めるシーンが留まった。
そこに浮かんだのは高校生の僕で、確か3年の初秋だ。部活を引退して、夏休みが明けて、2学期が始まった頃だ。
付属校だったのでほぼエスカレターだった。残って勉強しているやつなんていなくて、大抵、放課後の教室は吹奏楽部のパート練習で使われていたんだ。僕の教室は場所が悪いので練習場所になることはほとんどなかったんだ。
あの頃、意味もなく学校に残っていた。
最後の夏は甲子園まであと一歩まで行った。まあ、僕は背番号をつけることすらできずにスタンドでモヤモヤしていたんだけど。
野球部が有名な学校だった。いつも垂れ幕がかかっていたし、校舎の入り口にはトロフィーが何個もあって、『祝・甲子園出場』なんて号外や写真がガラスケースの向こう側で光を失わずにいたんだ。
伸びかけの髪をぽりぽりかきながら校舎をウロウロしていた。傘を持たないので雨の日はいつも残っていた。それで最終的に見回りの先生に傘を貸してもらのだった。先生も何も言わなかった。意味もなく居残りをする僕をほったらかしにしてくれた。
ジメジメとした廊下を腕まくりして歩いた。
履き潰された上履きが力無くペタペタと歩を運ぶ。
遠くに聞こえる管楽器、階段ダッシュのサッカー部、匂うアクリルは第二美術室。
(放課後の学校って別の施設みたいだな)
野球部のグラウンドは校庭とは別で、校舎から徒歩10分の場所にあった。帰りのHRが終わるとダッシュでグラウンドまでいくのだ。放課後の校舎の空気を知ったのは入学して3年目の秋だった。
夏休みまで大会は続いた。決勝は雨天順延で8/1だった。
勝とうが負けようがどっちでも良かったし、できれば負けて欲しかった。だって小学生の頃から恋焦がれた甲子園を目の前でお預けなんて殺生だろう。むごいだろう。自分勝手だろうけれど、クラスメイトの山地が甲子園で投げる姿をスタンドで見たくはなかった。
だから負けた時ほっとしたんだ。
忘れもしない決勝戦だ。
雨はいい。醜い感情さえもかき消して、肯定してくれる感じがするから。
あの頃の僕は、放課後の校舎でそれを求めていたのかもしれない。
歩き疲れると自分の教室の、窓際の席でぼんやり雨を眺めた。