僕はこのまま遭難しっぱなしでもいいなと思った。
ほんのり暖かな布団の中。
今朝洗ったシーツは石鹸の香りを程よく残し、日中の陽とうまい具合に溶け合って、とても気持ちのいいものだった。
もう、朝洗ったものが夜にはすっかり乾く。
エアコンを必要以上に低い温度でかけて、毛布にくるまる。いつきとぼく。今日は「あおいの日」じゃないけど、なんとなく、本当になんとなく、一緒に寝た。
ごく自然に、僕らは同じ部屋で、ベッドに入って、彼女は僕にすっぽりと収まる形で丸まった。
真っ暗な部屋。和室の天井の模様すら見えない。代わりにトタトタと雨が走ってきた。
「取り込んだ後でよかったね」
「この時期はいつ降るかわからないからねえ」
しばらくすると彼女は暗闇の中でリモコンを手に取り、エアコンの温度を限界まで下げてこう言った。
「ねえ、服、全部脱ごうよ」
「……するの?」
「いいや、なんとなく。したい?」
「今日はなんか違うし、そもそもいつきは聞く前に始めちゃうじゃん」
「うちが変態みたいじゃん」
「いいよ」
なんでかわからないけど、僕らはハダカになって、より強くくっついた。どこまでも性的な感情も昂りもなくて、ただただ、ハダカで抱き合っていた。なんで僕らは性的な感情もなくハダカでいられるんだろう。風呂でもベッドでも。セックスだってするのに、体や心が仕分けでもしているのだろうか。でもこの感じ、嫌いじゃない。
「寒いね」
「そりゃね」
(世界で二人しかいないみたいだ)
「……髪、ちょっと伸びたね」
「この前も言ってたじゃん」
「でもまたちょっと伸びたよ」
「そっか」
「うちも伸びたでしょ」
「伸びたね」
「似合う?」
「似合う」
「どれくらい?」
「誰にも見せたくないくらい」
「くさあ」
「じゃあ、美容師がインスタに載せるか迷うくらい」
「それ馬鹿にしとるな」
ふふふ、と笑う彼女の表情は暗くてわからないけれど、多分、面白そうであってほしい。
16度。真っ暗。ハダカで二人。石鹸の香りと陽の光。毛布にくるまる。
「なんでなの?」と僕の脚の付け根に手を伸ばす彼女。
「うち魅力ない?」と不満げに。
「今日は違うでしょ」
「それって制御できるもんなの?」
「できないと思う、けど、今日は違うらしい」「いつき、したい?」
「今日は違うかな」
「だからだと思う」
「変なの」
「俺もそう思う」
寒いね。
遭難したみたい。
遭難したらまず火を起こして、服を乾かすんだって。そもそも火おこしなんてできるか知らんけど。そんでね、乾いた布でハダカになって暖を取るの。
うん。
そこですると思う?
しないだろうね。
そういうこと。
じゃあ今は遭難してるんだ。
そう。
「世界に二人みたいじゃ」
ふふふ、嬉しそうに笑った。
我々は今何に遭難しているの?と聞いてみた。
「じんせー」
「壮大だ」
「作家ですから」と文字通り胸を張った。小ぶりな胸がグイッと押しつけられた。「どう?」「どうって聞かれても」「あー、あおはおっぱいおっきなのが好きだもんねえ」「・・・」「先週のマガジンみたいな子が好きなんじゃろ」「付き合うならやっぱしおっぱいおっきな子がええの?」とニヤニヤして(いると思う)言った。
「うちさー、そーゆー”概念”ないって最初に言ったじゃん?あれどう思うよ」
「答えかねる」
「あー、でももし、見つけちゃったら一緒に暮らせんようなるけぇの」
「そうだね」
「小説みたいじゃな」
「事実は小説よりも奇なり」
「間違いない」
どうやら我々は人生に遭難しているらしいけど、僕はこのまま遭難しっぱなしでもいいなと思った。