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『「じゃ」へ。』
朝、何か足りない思ったら、いつきだった。
なぜか起きた時に何かがなくなったと感じた。
靴が一足たりなくて、リュックが一つなくなって、代わりに原稿用紙の束が一つ増えていた。
彼女の収納には漫画も雑貨も日用品も大半の服が置き去りにされていて、すぐ帰ってきそうな荷物の減り方にしては無機質すぎて、むしろその、リュック一つ分のスペースがものすごく大きくて。
風呂場には金木犀のシャンプーが置いてあったけど、なぜか匂いはしなかった。なんでだろう。
なんでだろう。全然悲しくない代わりにものすごく哀しい。
キッチンのテーブルの原稿用紙はまだ少し暖かくて。
表紙には大きく、太字で。
恋を知ったので帰ります!
と書かれていた。
それをめくると、手紙が一枚と、写真が一枚。その下には小説の原稿があった。
これが恋というやつか。
あおいのこと好きになっちゃった。
ええな。とても素敵な感情で、スキップしたくなる。いい匂いがして、心地よい音楽が流れとって、全てが美しく見えて、君の不細工な寝顔さえ愛おしく感じる。下に小説の原稿あるじゃろ?それ1,000枚ある。あおいのことを想って書いたらこんなにかけてしもた。最高記録じゃ。恋ってやばいな。
でも「これ」をあおいが嫌がるのも納得した。矛盾じゃ。作家なのに!
もうあおいとはいられない。あおいを苦しめたくない。そこだけは勘弁。
押入れの漫画と服とか全部やるわ。下着はごめんけど持ってく。まじでごめん。それだけが心配じゃ。
最後に意地悪させて欲しい。
あおい!愛してる!!
多分、ずっと愛してる!
でも一緒にいられん、辛い!ほんまはめっちゃ喜ばしいことなのに!正直、憎い!なんでじゃ、アホ。受け入れろよ、うちの愛。ずっと一緒におりたいよ。「あおい」って呼んだら手を握って欲しいし、また海にも行きたい!広島にも、東京にも、行きたい!深夜のタクシー乗り場で!雨の夜で!傘をささずに踊った誕生日!あれよかった!
…小説読んどいて!
もっと言うことあるだろ、そう思ったけど、よく考えたら小説家だしな。こっちか、そう原稿用紙をめくった。
写真、海で撮ったやつだ。
僕らの唯一の写真。
不意に撮られて、しかも見せてくれなかったものだから。
やめろよ。
そんなものを残すなよ。
僕がこうなるの知っててこの写真置いてっただろ。
ぼやけて見えないんですけど。
ねぇ。ちゃんと撮れよ下手くそ。
あー、なんかムカついてきた。
この小説も絶対嫌がらせでしょ。
絶対読まない。てか、手書きかよこのご時世。パソコン持ってるだろ。使え。
パラパラめくる。本当は見たくないけど、嫌なことはさっさと忘れて破り捨てたい。
…おい、ふざけんな。
捨てられないじゃん。
1000枚とか嘘つくな。
501枚じゃないか。紙の無駄遣いすんなよ。
しかもなんだよ。こんなベタなことしてさ。恋愛初心者かよ。ベタすぎて見るのも恥ずかしいわ。
正確には501枚かわからないけど、多分、そうでしょ。
ラスト1ページ。
ベタすぎる。ほんとに作家かよ。お前絶対今後恋愛もの書くなよ。
手紙の内容からしてそこにも「!」か、せめて「。」入れないとダメだろ。内容わかっちゃうじゃん。さっきは入れてただろ。なにしてんだよ。お前作家だからそういうの全部伝わるんだよ。
句点入れないとか変なテクニック使うなよここで。やるしかないじゃん。「おわりじゃないで」とかさ、暗に伝えないで。「!」も「。」も入れてよ。
*
あおい、残り描いといて。
じゃ
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