あー、かわいい。言わないけど。
天気も良く、仕事のタイミングも良かったので二人で出かけた。
電車に乗って都市部の大きな本屋に行くことにしたのだ。
電車に揺られ少し経つといつきのリュックにヘルプマークがないことに気がついた。
「今日はつけなくていい?」
「ん、ああ。今日はあおおるから平気じゃ」
「病院の時はつけてるじゃん」
「病院は途中で別れるじゃろ」
「今日はずっと一緒じゃけえ、あおが助けてくれる」「あ、でもつけとこかな」と中から出そうとした。
「いいよ、大丈夫。薬も水もタオルも持ってるから、安心して倒れなさい」
「倒れる前に助けろや」と肩をどつかれもたれかかって「ありがとう」と目を伏せて言った。
とても暑い日で、地球温暖化どころか沸騰化じゃないかと思うほどだった。
6月半ば、ジメジメと蒸し暑く、電車から降りて改札を出て少し歩いただけで汗が止まらなくなった。
「暑い」
「暑い」
「アイス買うて」
「帰りにね」
「ちぇ」
書店は駅の向かいの大きなビルの中にあって、漫画から難しい専門書までなんでもあった。いつもはネットで買っているけれど、たまには店舗で大人買いしようということになった。ちょうど給料が振り込まれて潤っていたのだ。
「あお、新刊でとるで」と僕が好きな漫画を指した。
「ほんとだ、ネットより早いのかな」
「じゃない?買う?」
「うん」
大きな店舗を、主に漫画コーナーを散策する。
「あ、これ最近気になっとったやつ」「LINE漫画で3巻まで無料で読めて先が気になってたんよね」そう嬉しそうに手に取った。
「・・・でも全巻買ったら他の人にめーわくかもしれんな」
「店員さんに在庫聞けば?そしたらそのまま買って帰れるかもよ」
幸い在庫があったので店の奥から出してもらって全部買うことにした。
「あ、これあお好きそう」「これは?」「これ最近気になっとるじゃろ」僕のことばかり気にする彼女はちょっと可愛くて、それにしてもよく見ているし、好みを把握してるんだなと嬉しくなった。あー、かわいい。言わないけど。
「ちょっと重いけえ、一旦レジに預けてこよ」
*
「ほな、10分後ここ集合で、互いに好きそうなやつ選んで持ってこよ」というプレゼンタイムになった。
「いいよ、やろう」「あ、」と僕がいうと「大丈夫、10分なら」と手を出した。
僕は本屋の中をぐるぐる回った。最近どんなの読んでるっけ、とか、被らないの結構むずいよな、とか、同じの持ってきたらウケるな、とか考えていると自然といつきのことに思考が流れた。
気づくと小説コーナーにいて、いつきの本を見つけた。やっぱりプロなんだよな、と不思議な感覚になった。これ書いた人が家にいるんだよな。
最近は落ち着いてるよな、とか、この前”わか”に水あげすぎて受け皿から水溢れてたな、とか、そろそろ雨降らないかな、とか。チョコミント補充されてるといいな、とか。彼女のことばかり考えていた。
彼女のことを考えるととても嬉しくて、ああ、やっぱり好きだなと思う。
僕は彼女が好きそうな学園ものを選んだ。
いつきは何を選ぶのだろうと、思って10分後再会すると、この前映画化されたばかりの漫画だった。孤独が好きな小説家とその姪の同居譚だ。チラッと試し読みしたことがあって気になっていたけど、いつきは知らないはず。
僕は思わずニヤケてしまって「お、あたり?こういうん好きじゃろ、あお」と彼女も嬉しそうだった。
彼女も僕のチョイスに「わかってるじゃないか」と背中をバシバシ叩いて嬉しそうだった。
こういうのが合うとやっぱり嬉しい。
そして我々は会計で青ざめ、重い荷物を背負って炎天下を歩き、駅前のコンビニでアイスを買って食べた。
「次からは配送してもらおう」
「間違いない」
「そして俺はもっと働くわ」
「頑張ってくれ」
「君も働け」
「0一個違うけえ、うちはヨユーじゃ」
「売れっ子め」
「ワハハ」
帰りの電車にはボックス席があって、僕らは並んで座った。うとうとする彼女は僕にもたれかかり、僕は彼女の寝息に合わせて呼吸をした。僕が彼女の手をそっと握ると彼女は少しだけ力を入れた。
安心しきったいつきは駅につくまで起きなかった。
僕らはずっと手を繋いで、そっとバレないように指を絡め、僕はその時間をとても愛おしく思った。
そして同時に「いつきが俺のことを好きになりませんように」と心から願った。