僕は毒を出すのに、その毒を受け入れられない。
どうか・・・
そう何度も願い、書き、祈ってきた。
静かに丸く眠る彼女。
彼女が寝ている部屋のドアをあけて、キッチンからのぞきながらこの文章を書いている。
頼りない蛍光灯の下で静かにキーボードを撫でる。深夜2時の虚な意識で書く本音。夜こそ人を正直にさせる。
手が止まると歪な音を立てる蛇口を捻ってコップに水を注ぎ飲む。築50年。二人用住居。内見の時、前住人は夫婦だったと知らされた。僕は最初一人で住んでいた。途中からいつきが加わって手続きをやり直して二人で住み始めた。書類上、いつきは婚約者になっている。
コップを口につけ、シンクに寄りかかって彼女を見る。
古賀いつき。27歳。小説家。チョコミント。広島弁。わがまま。繊細。漫画好き。小説を読まない。「じゃ」。金木犀のシャンプー。恋愛という概念がない女。
彼女の情報が箇条書きのように頭を流れる。
岸本あおい。25歳。エンジニア。隠居。東京出身。野球部。ぶどうのアイス。愛を拒絶する男。いつきが好き。
僕の情報。
多分だけど、いつきの中に恋愛という概念が芽生えたらこの生活は破綻する。
だから、今がベストなんだと、思う。というより言い聞かせた。
愛は毒だ。
僕は毒を出すのに、その毒を受け入れられない。
水をもう一杯飲んだ。このことを考えるといつも喉が渇くし、息が苦しくなる。
愛し合うってどんな感じなんだろう。
いつきは僕のことを愛してくれるのかな。
僕らの関係は本当に奇跡的に成立していて、彼女のおかげで僕は彼女を存分に好きでいられる。
そう、これがベストなんだ。
これ以上、何も求めてはいけない。
でも、もし許されるのなら、もし、いつきが僕を愛してくれるのなら、僕はどんな罰でも受け入れるから、いつきと愛し合いたい。
もう一杯。水を飲んで、小説の続きを書いた。
恋を知らない女と愛を拒絶する男の話。
これは、限りなくバッドエンドに近く、短命な幸福のストーリー。