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Vol.4 「若者を捨てる」と決断した日

 1回目の記事でお話ししたように、僕は23歳から37歳までの約15年間、読売新聞の新聞販売店を経営していました。

 23歳で始めた販売店は大阪府寝屋川市にある小規模なお店、27歳からは、その店と並行して奈良県生駒市の大規模な販売店の経営を任されていました。寝屋川市の販売店は1800件ほどの購読者数でしたが、生駒市の販売店は1万件の購読者を抱える大きなお店です。

不振店の立て直しに白羽の矢

 もっとも、生駒市の店舗は購読者こそたくさん抱えていましたが、朝日新聞だけでなく毎日新聞にもシェアで負けている店でした。別の回で詳しくお話ししますが、僕は寝屋川市の販売店の購読数を劇的に増やしたため、新聞販売業界ではそれなりに名が知られていました。それで、縁あって私が立て直しで行くことになったのです。

 地域の新聞販売店はそれぞれ独立した経営体ですが、販売店の経営者は読売新聞本社が指名するという仕組みです。生駒市の販売店も株式の約7割は読売新聞が持っていました。残りの3割を私が買って、社長就任したわけです。

 生駒市の販売店は全国でも指折りの大型店ですから、これまでの寝屋川市の販売店とは注目度が違います。若かった僕は、朝日新聞や毎日新聞に負けている状況を変えようと、全力で経営に当たりました。ところが、寝屋川市の販売店でうまく行ったやり方をいくら持ち込んでも、なかなか購読者数が伸びませんでした。

革新的だった販売店主導のマーケティング

 寝屋川市の販売店で僕がよく使っていたのは、1週間のお試し購読と手書きの手紙を組み合わせるという手法です。

 例えば、京都の有名なコーヒー屋さんと組み、7パック入りのドリップコーヒーと「朝にコーヒーと新聞を楽しんでください」というお試し購読の案内手紙をセットにして地域の方々に配っていました。。「コーヒーをくれるのであれば」と、たいていの方はお試し購読を快諾してくれます。1週間、とりあえず新聞を取ってもらって、その間に僕たちのファンになってもらうという戦略です。

 お試し購読の7日間、僕たちは社長である僕や店長の自己紹介、これまでの取り組みや目指している姿など、新聞と一緒に自分たちの想いを書いた手紙を配達しました。その効果はてきめんで、「いい店づくりをしている」「地域にこんな販売店があるなんてしらなかった」など、1週間後には3割くらいの方がそのまま契約してくれました。

 新聞社が紙面PRを目的にしたチラシはありましたが、販売店が主体的に自分たちのお店をチラシでPRマーケティングするという発想は当時の業界にはほとんどありませんでしたので、この取り組みはかなりの注目を集めました。

人質交渉チームに学んだ新規獲得術

 ちょっと横道にそれますが、お試し購読の新聞と一緒に自店をPRする手紙を届けようと思いついたのは、アメリカの人質交渉チームに関する書籍を読んだのがきっかけです。

 凶悪犯が若い女性を人質に取り、立てこもった。その時に、人質交渉チームはスピーカーのついたクルマを持ってきて、女性の家族や友人に、被害者の生い立ちや将来の夢などについて延々と話をさせた。今あなたが人質に取っている女性はこういう子なんだ、彼女の夢を壊さないでほしい──と。

 最終的に警察は突入するわけですが、その時に犯人は引き金を引くことができませんでした。情が湧いていたからです。

 この本を読んだ後、1週間の試読の時に、自分たちの個人的な情報をしっかり送り続ければいいのではないか、お客様の中に情が湧くのではないか、と思ったんです。

 こういった丁寧な営業手法を確立できていたので、私の販売店では地元の主婦など女性スタッフを積極的に採用することに成功していました。

コールセンターへの投資も加速

 新聞販売業界は昔ながらの飛び込み訪問販売を続けていますが、昼間は仕事に出ているご家庭が多く、営業は夕方から夜8時までが一般的です。夕飯を支度していたり、夕食後にくつろいでいたりする時間帯なので、けんもほろろに断られることも少なくありません、門前払いは当たり前で営業という意味では、かなりタフな環境です。

 それに対して、1週間お試しセットとお手紙の組み合わせは、契約を取るというより無料試読の提案なので、そこまで邪険に扱われることはありません。女性の方がコミュニケーションという面でいい場合もありますので、結果的に女性スタッフを増やしていったのです。

 こういった自筆の手紙や地域の女性の活用は、僕の成功体験の一つです。

 また、生駒市の販売店ではコールセンターも立ち上げました。先ほども申し上げましたが、新聞の営業は夕方から夜にかけて。ただ、それでも留守宅は多いですし、カメラ付きインターホンの増加で居留守を使うお宅も増えました。その中で接触件数を増やすためには電話の方が効果的だろうと考えて、2006年にコールセンターもつくったんです。


敵はライバル紙ではなく「無読」

 このほかにも、ありとあらゆる方法を試してみましたが、やはり思ったようには契約者数が増えませんでした。「何かがおかしい」と思った僕は営業マーケティング施策を棚上げし、契約者の年齢調査を実施することにしました。そこで明らかになったのは、読者の7割以上が60歳以上で、20代と30代は足しても12%程度しかいないという事実です。2011年のことです。

 生駒市は新興住宅街が多く、ファミリー層の流入が多いエリア。そのため、20代、30代を狙って営業していました。ところが、そういった若者世代は一向に増えず、シニアばかりになっていたのです。この時に、敵は朝日新聞や毎日新聞ではなく、「無読」、つまり新聞を読まなくなることだということに気づきました。

 ただ、若者の状況についてもう少し調べたいと思ったので、寝屋川市の販売店で別の実験を始めました。最初の週は朝日、次は読売、その後は毎日、産経、日経と主要5紙を週替わりで試読できるという若者向けの1カ月無料読み比べキャンペーンです。

 この結果は衝撃でした。「1カ月タダですよ」とお伝えしても「ゴミになるのでいらない」と言って全く読んでもらえない。若い人にとって、新聞はゴミと同じだったんです。

大きな流れに逆らっても無駄

 今から振り返れば、キャンペーンを仕掛けた2011年ごろはちょうどiPhoneが出始めた時期で、ネットでニュースを見ることが当たり前になり始めた時代でした。それでも、タダでもいらないという事実は僕にとっても衝撃でした。

 生駒市の年齢調査と1カ月読み比べキャンペーンの結果を見て、新聞を若者に訴求するのは無意味だと悟りました。若者への営業はやめて、全リソースをシニアに向けるという決断を下したのはこの時です。

 通常はLTV(ライフタイムバリュー:生涯価値)が短い高齢者よりもLTVが長い若者を開拓すべきだという考え方になると思いますが、その若者が新聞を読まないのですからどうしようもありません。コールセンターのスタッフには、「若者が出てきたら『申し訳ありません。間違えました』と言って切っていいから」と伝えました。

 僕はこのターゲットを明確にした営業戦略を「虫眼鏡理論」と読んでいますが、ターゲットを小さくすればするほど発生するエネルギーは増えます。僕たちのような中小企業はリソースが潤沢にあるわけではありません。ならば、まだ可能性のある高齢者に徹底的にフォーカスした方がいい。大きな流れに逆らっても勝ち目などありませんから。この時の「捨てる」という決断が今につながっていると思います。

「まごころサポート」営業部の新設

 そして、僕は読者20人を集めてグループインタビューをしました。シニアにフォーカスした新聞販売店になるには何が必要か、どういう店になるべきか──ということを聞いたんです。

 その中で分かったのは、洗剤やプロ野球の観戦チケットをもらって嬉しかったというシニアはおらず、灯油を運んでくれた、電球を変えてくれたなど、身近なお手伝いが嬉しかったという声が圧倒的だったということです。すぐに、「まごころサポート営業部」を社内につくり、草むしりや電球交換のような軽作業のお手伝いを始めました。今のサービスの源流です。

 もっとも、まごころサポートの人気に火がついたのは新聞の読者ではなく、スマホショップのお客さんがきっかけでした。実は、生駒市の販売店は全国でも唯一のスマホシップ併設店だったんです。


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青木慶哉 MIKAWAYA21オフィシャル
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