Vol.5 源流はシニア向けのデジタルサポートにあり
2011年に、奈良県生駒市の販売店で契約者の年齢調査をしたという話は前回しました。この時の調査が、販売店の営業マーケティング戦略をシニアにシフトさせる転換点になりました。
もっとも、僕は若者の獲得をあきらめたわけではありませんでした。新聞という商品が若者に刺さらなくなっただけで、若者に訴求できる別の商品を見つければ、地域の若者をお客さんにすることができると思ったのです。僕にとって、その商品はスマートフォンでした。
スマホを売る新聞販売店
若い方の中には知らない方もいるかもしれませんが、アップルがiPhone 3Gを出したのは10年以上も前の2007年のことです。その1年後にソフトバンクがiPhoneの取り扱いをはじめました。日本でもスマホ人気が爆発的に広がっていくその様子を見て、新聞販売店の中にスマホショップをつくろうと思ったんです。若い人にはデジタルのスマホ、シニアにはアナログの新聞。デジタルとアナログの融合ということで、店名はニュース&モバイルにしました。
ただ、当時のスマホ市場はキャッシュバックの多寡が新規契約を左右しており、利益の先出しが必要な薄利なビジネスです。しかも、生駒市には大きなソフトバンク系のショップが既に2つあり、新聞販売店にスマホショップをくっつけたような僕の店が勝てるほど簡単な市場ではありません。ビジネスを始めた当初は全く売れず、かなりの苦戦を強いられました。
「このままじゃアカン」。そう思った僕は何を売りにするか、自分の店の特徴を必死で考えました。その中で、新聞販売店のお客様の顔がふと浮かんだんです。「シニアでもスマホが扱えるように、日本一親切なスマホショップを目指せばいいんじゃないか」と。
シニアに代わってサポートセンターに電話
スマホショップはどこも忙しく、使い方などユーザーに分からないところがあってもなかなか説明に時間を割いてくれません。高齢者であればなおさらです。それならば、逆に手取り足取り親切に対応するスマホショップがあれば、地元の方に喜ばれるのではないか。週末は僕の店も忙しくなりますが、平日であればそうでもない。そこで、平日の午前中に限って、「まごころデジタルサポート」というサービスを始めました。
「デジタル」という名前がついているように、スマホだけでなく、テレビや白物家電など、ご自宅の電化製品の調子が悪くなった時にサポートに伺うというサービスです。今もそうですが、スマホショップには相手の家に出向くという文化がありません。外に出て行くという意味で、まごころデジタルサポートは画期的でした。
もちろん、スマホショップの店員に家電修理のスキルはありませんから、まずご自宅に伺ってお話を聞き、その上で冷蔵庫などに表示されているお客様センターに代わりに電話するというサービスです(笑)。その後、お客様センターの指示通りに対応して直れば良し、直らなければ修理の手続きや買い換えの付き添いなどをしていました。
なぜか家電を売りまくるスマホショップ
このサービスが大好評だったんですよ。シニアは物持ちのいい方ばかりですから、冷蔵庫が故障してもなんとか修理しようとします。それでも、買い換えなければならない場合、僕たちがネットで商品を調べて買うということがよくありました。商品が届いたら梱包をはがして設置し、段ボールも回収してあげて。その代わり、手間賃として購入代金の1割をいただくことにしました。
そうこうしているうちに、家電の購入サポートの依頼がバンバン入ってくるようになり、最終的に店舗がなくても家電販売ができる、コスモスベリーズというヤマダ電機系列の会社に加盟してしまいました。急に家電を売りまくる新聞販売店が出てきたと、一時は役員会で話題になったようです。
家電購入支援による収入もかなりありましたが、まごころデジタルサポートを始めたことで、本業のスマホ販売も右肩上がりで増えました。高齢者がスマホを契約してくれたこともありますが、それ以上に、息子さんや娘さんのご家族をまとめて連れてきてくれるようになったからです。
事実、5月のゴールデンウィークやお盆、年末年始になると、家族まるごと乗り換えサービスの契約がどーん、どーんと伸びるんです。iPhoneの販売で全国1位になったこともありました。生駒市の小さなショップが1位になるのですから、全国の販売店は騒然ですよ(笑)
まごころサポート、全国展開前夜
まごころデジタルサポートの大ヒットを見て、シニア向けサービスの需要は間違いなくあると確信しました。ただ、当時の僕にとって、まごころサポートは新聞やスマホの拡販のための手段に過ぎず、全国に広めようなどという野心は全くありませんでした。読売新聞系列の販売店はエリア制で自分たちのシマを乗り越えてビジネスを展開することができなかったからです。
僕が寝屋川市と生駒市の販売店を経営していたように、販売店を複数経営している方もいますが、その場合も隣地ではなく、離れたエリアの販売店である場合が大半です。そのカルチャーに染まっていたため、僕には全国にビジネス展開するという発想がそもそもなかったのです。
ところが、一つの出会いが僕のマインドセットを破壊しました。孫泰蔵さんとの出会いです。