ココロオドル! 楽しい楽しい 『ゆるキャン△』聖地巡礼キャンプ! 0日目
8月17日午後4時
どんよりとした雲に覆われた空の下、湿気でじめついた空気に若干の不快感を覚えながらも、リュックを背負って外へ出た。
車の中にリュックを投げ込み、運転席に乗り込む。教習所で学んだとおりに運転席やミラーを調整したところで、ふと、助手席の方を見た。
助手席にはアメニティグッズや二日分の着替えの入ったバッグ、救急バッグなどが所狭しと置かれていた。無論、置いたのは僕だが、決して家出しようと考えているわけではない。
何を隠そう、いよいよ明日から『ゆるキャン△』聖地巡礼キャンプが幕を開けるのだ。助手席にあるのはそのための荷物である。
エンジンをかけ、冷房をつける。
今回のキャンプのメンバーは僕と大学の男同期二人の、野郎三人で構成されている(なお、同期二人を区別化するため、以降は『なでしこ』『イヌ子』と呼ばせてもらうことにする)。全員、無類の『ゆるキャン△』好きであり、また、僕以外の二人は春休みにバイクでロングツーリングをするほどの旅好きでもある。頼もしいメンバーに囲まれて望むキャンプ。きっと楽しいものになるはずだ。
しかし、二人に比べ僕はロングツーリングの経験もなければ、キャンプの経験もない、完全インドアの人間だ。そのため、今回のキャンプについて楽しい気持ちと同じくらい不安な気持ちもよぎっているのが正直なところだった。
今までインドアで過ごしてきた人間がいきなりキャンプなんかして大丈夫なのか? まして僕は運転にそこまで馴染みがない。日ごろ近所を少し走っている程度の人間だ。そんな人間が、いきなり山梨まで運転できるのだろうか? ネガティブなことを考え始めると、どこまでもマイナスな気持ちになってくるのは、小さいころからの悪癖だった。
こういう時は気分を紛らわした方がいい。僕は車内に『新時代』(ウタ)を流して、車を発進させる。そうしていると、徐々に陰鬱な気持ちも晴れてきた。
そうだ何をビビってる。きっと上手くいく。そう、何もかも計画通りに。
『ゆるキャン△』で心惹かれた山梨の景色を今度は肉眼で見ることのできること、友達とする初めての旅。これらはまず間違いなく、かけがえのない思い出になるに違いない。
8月17日午後4時半
横浜新道に到着する。この時間になると天気はぐずつき、強い雨が降り始めた。運転しづらい環境へと変わっていく。
けれど、そのころには僕のテンションも馬鹿みたいに跳ね上がり、一番右の車線で容赦なく車を飛ばしていた。
「んひいいいいいいい! 初めてやったけど、これ楽しいのおぉぉぉ!!」
思わず口から言葉が漏れる。
絶対によくない精神状態だが、『トランスポーター』さながらに高速道路でアクセルをべた踏みするのは最高に気持ちいい。普段味わうことのない速度感と車内に流れるアップテンポの曲が脳汁をドバドバ出してくれる。高揚感がすごい。絶対よくない精神状態だが。
とにもかくにも、そんな感じで車は高速道路を走り続けた。
8月17日午後5時半
車を走らせること一時間。無事、川崎に着く。
今日は元々、川崎にあるなでしこの家に前乗りすることになっていた。というのも、キャンプ当日の出発が午前5時と早いことと、なでしこの家にキャンプ道具が一式揃っていたため、それらを僕の車に積む必要があったのである。
本当は家に着いたら一発、メリーさんネタでも擦ろうかと思ったが、すでにイヌ子がやっていたため、諦めた。
特にボケをかますこともなく軽く挨拶してから早速、なでしこ家のキャンプ道具一式を車に積んでいくことに。
キャンプ用の椅子を運ぶさながら、なでしこが言った。
「そういや俺、今日この後バイトあるんだよね~」
「え……」
こいつ、マジかよ……。
僕は正気を疑った。イヌ子も「はぁ?」と思わず聞き返していた。
今回のキャンプ、僕は車、イヌ子はバイクといったように移動方法は人それぞれなのだが、この男、なでしこはバイクでの移動を所望していた。つまり、なでしこはキャンプ当日、午前5時からバイクの運転をすることが決まっていた。
それなのに、あろうことかこの男はその前日に夜バイトを入れたというのだ。
とても普通ではない。体力が持たないのは明白だ。絶対事故る。
なのになぜ、この男は笑っていられる?
……わからない。この男の真意がまったくわからない。怖い。色んな意味で、僕はこの男が怖かった。
けれど、直前にまで迫っている仕事をまさかドタキャンさせるわけにはいかない。
僕はせめてもと、一言残した。
「お前マジで明日事故っても、俺は知らないからな!」
しかし、今にして思う。
この時、この言葉から、すでに僕の運命は狂い始めていたのだと。
8月17日午後7時
それからなでしこはバイトに向かい、取り残された僕とイヌ子は近くのネカフェに向かうことにした。翌日は午前5時になでしこ家から出発するため、家に近い方がいいという判断。
しばらく運転したところで、建物が見えてくる。
もう見た目完全にラブホだった。
イヌ子には「それは言わないでいたのに……」と呆れられたが、ラブホ以上にしっくりくる言葉がなかったのだから仕方ない。
というわけで、その日、僕とイヌ子はこのラブホに泊まることになった。
受付に置いてある機械で部屋を取る。今回は寝る場所となるため、鍵付き個室のマットルームにした。無論、各自一部屋ずつだ。
ルームキーをもらい、部屋へと向かう。部屋は大人一人が横になって寝れる程度の大きさで、いつもの快活クラブって感じだった。冷房もそれなりに効いており……汗まみれの体にこれはちょっと強すぎだな。
まあそんなことはどうでもいいか。
僕は早速、ペコったお腹を満たすため、イヌ子と共に外へ出た。
飲食店自体は運転している途中で何件か見かけていた。だから、どこにしようか迷ってもおかしくなかったのだが……。
やはり男二人そろうと、ブラックホールに吸い込まれるごとくラーメン屋に入ってしまうのだった。
ラーメン屋の内装は小綺麗でほどよくおしゃれな、まさに今風な感じになっていた。冷房もそれなりに効いており……汗まみれの体にこれはちょっと強すぎだな(2回目)。
注文は券売機で行うスタイルになっていた。僕は味玉そばを、イヌ子は期間限定の冷やし中華そばの券を購入し、席に着く。
テーブルの上にはお酒のメニュー表が置かれており、それを見たイヌ子が意地悪な笑みを浮かべた。
「あれ、飲まないんすか?ww」
飲みたいに決まってるやろがい。
マジで一日頑張った後に飲む酒がいっちゃん美味いし、知り合い(なでしこ)が裏で働いているのを認知したうえで飲む酒はさらに美味い。
けど、ここで飲んだらほぼ確で翌日起きれないことは分かっていた。
だからこそ、内心目から血が出るほどの思いを込めて、僕は答えた。
しばらくして、注文の品が運ばれてきた。
はーいいじゃないか。こういうのでいいんだよこういうので。
頭の中の井之頭五郎が感想を述べたところで、いただくことにする。
食レポの時は香りについても言及すべきだろうが、俺は馬鹿だから香りの良し悪しがわからない。なので、口だけで味わう。
早速、麺を箸で持ち上げ一口。途端、口の中にさっぱりとした醤油の味わいが広がる。
あ、これ美味いやつだ。すぐに確信した。
さっぱりとしながらも、家系ラーメンで馬鹿になっている僕の舌でも満足感を得られる味付け。咀嚼するたびにモチモチと踊りだす麺。チャーシューは柔らかく、ホウレン草にはスープの味がよくしみ込んでいる。味付けのしっかりした味玉、コリコリ食感の楽しいメンマ。完璧な布陣じゃないか。
『王道には王道たる故』
このラーメンを以て、僕はその言葉の真意を理解した。
……が、そこまで感動している僕だが、実はこのラーメンを食べている間、幸せな表情を浮かべていたかと言われれば、そんなことはなかった。それは決してラーメンが美味しくないからではない。
腹が――痛みだしたのだ。
恐らくは汗まみれの体を冷房下に曝し続けたことにより、腹が冷えてしまったのだろう。
一度悲鳴を上げ始めた腹は何度も僕に痛みを与え続ける。痛みを感じるごとに意識は削がれ、外に出たい気持ちでいっぱいになっていった。
ヤバい! 早く! 早く、外に逃げなければ!
焦る気持ちを抑えつけ、最後にスープを一気に呷る。途端、脳みそは多幸感に包まれた。あ、すごい気持ちいい……とか言ってる場合じゃない!
早く、外に出ないと――
??月??日??時
目の前を支配していたのはお花のシャワーだった。デージーやパセリ、ドクニンジンやコルチカムといった花々がカクテルみたいにミックスされながら眼前に降り注ぐ。
頭からは脳汁がずっとあふれ出てて、気持ちよさがすごい。寝る直前の感覚をひたすら味わうような幸福感だ。
できることなら、ずっとこのまま――。
「ーー!」
「--か!」
「おい! 大丈夫か!」
何者かに呼びかけられ、目を開ける。
すると、眼前に広がっていたのは一時間前にいたはずのラーメン屋で。
どういうわけか、僕は床に倒れ込んでいた。
「大丈夫ですか?」
ラーメン屋の店員さんが訊いてくる。
訳の分からないまま「大丈夫です」と答え、椅子に座りなおす。そして、心配そうにこちらを見るイヌ子に話を聞いてみることにした。
彼の話によると、どうやら僕はいきなり椅子から転げ落ち、数秒の間、気絶してしまっていたようだ。しかも、白目をむいたまま。
その話はまるで他人事のようだった。それほどまでに身に覚えのない、まるで実感のない話だった。
けれど、店に流れる神妙な雰囲気やイヌ子の真剣な表情に、否が応でも事実だと理解させられる。また、こんな空気感で「それただのドカ食い気絶部で草wwwwwwwww」なんて言い出してはいけないことも理解させられた。 後、草に草を生やすな。
ここまで来たら認めざるを得ないようだ。
8月17日午後19時半
僕、斉藤恵那は人生で初めて気絶した。
後日談
結局、楽しい楽しい『ゆるキャン△』聖地巡礼キャンプ! は中止となり、その日のうちに僕は両親に連れられ、自宅に帰ることとなった。
それから翌日。
僕は脳神経外科へと行き、血圧測定とMRI検査を受けた。
その結果、脳の方に異常は見られなかったが、血圧が最高100、最低50と死人みたいな数値をたたき出した。
これら結果を加味して、医師が告げたのは――。
「過労ですね。これは」
そして、僕は医師から以下のことを禁止された。
・アルコール
・長風呂
・運転
・激しい運動(オ〇ニー含む)
まとめ
今回、初めて気絶してみてわかったことがある。
漫画のキャラみたいに気絶しないよう我慢するなんてのは現実では不可能ということだ。
気絶する時は本当に一瞬だ。一瞬で現実と夢の境目が曖昧になって、意識がどこかに飛ばされてしまうのだ。
気絶。まったくもって恐ろしい症状である。
医師に言われてから、倒れるまでの直近を振り返ってみた。
12日(金)コミケ前日なのに、夜21時までバスケして帰る。0時に就寝。
13日(土)コミケ当日。朝4時起き。秋葉観光して帰りは19時。
14日(日)コミケ2日目。朝6時起き。秋葉観光して帰りは19時。
15日(月)午前中は親戚が来たので飲み会。酔った体で大学へ。
16日(火)静岡にある会社に訪問。その後、地元の電気屋回る。
この期間内の日にち平均シコリ回数:3回
アルコールを抜いた日:0日
……何で、これで倒れないと思っていたのか謎である。
ともかく。今回の騒動で僕が得るべき教訓は三つだ。
・疲労した体に酒を注がない。
・無理してコミケの戦利品ですぐシコろうとしない。
・コミケのあった週はキャンプに行こうとしない。
キャンプに行くのが趣味のオタクは、ぜひこの教訓を守ってほしい。斉藤恵那(男)との約束だ。
また、今回の騒動で大いに迷惑をかけてしまった『らぁ麺 すみれ堂』さんへ、この場を借りて謝罪させていただきたい。
本当マジですごく美味いあのラーメンに一切の罪はなく、気絶の要因はすべて僕の自己管理能力の低さによるところであると、理解していただければ幸いである。
最後に、休みたいのに休めないそんな社会を生き抜く皆さんにこの言葉を贈る。ぜひとも、胸に刻んでほしい。