【短編小説】影が伸びる
あらすじ
約束の時間になっても現れない彼女。
現れたと思ったら、その姿はとても悲しそうで…
なぜ、彼女は約束の時間に来なかったのか?
そして、悲しそうな理由とは?
今日は彼女とデートの日。
ワクワクしながら、俺は花屋の前にある小さな公園のベンチに座っていた。
(美咲、来るの遅いな。約束の時間を過ぎることなんて今まで一度もなかったのに)
約束の時間は午後14時。しかし、現在はもうすぐ17時になろうとしていた。
何かあったのではと心配になり電話を掛けてみるが、「現在、電波の届かない所にいるか電源が入っていません」という音声が流れるだけ。
(携帯が壊れて修理に出しに行ってるのかな?それにしても何でもっと早く連絡してみなかったんだろう?呑気すぎだろ、俺..…)
そんなことを考えながら待っていると、ベンチの下にキラッと光るものが落ちていることに気づいた。
(あれ、この前美咲にプレゼントしたイヤリングとなんか似てるような)
落ちていたのはシルバーの花の形をしたイヤリング。
どこにでもあるかと特に気にすることなく彼女を待っていると、
「ありがとうございました…」
彼女の声がした。いつもより、少しトーンが低くて弱々しさを感じたが、聞くだけで疲れた心が癒されるような柔らかい声が。
声がした方を見ると、公園前の花屋から出てくる彼女の姿が見えた。
俺は駆け足で美咲の所に向かった。
「おい、美咲!!今日はデートの約束だっただろ!!電話しても繋がらなかったし、心配したんだぞ!!」
「・・・」
彼女は無言だった。しかも、俺の方を見ることなくその場を立ち去った。
(強く言い過ぎた事に怒ってるのか?)
今まで、沢山喧嘩をしてきたが美咲は意見をはっきり言うタイプだ。お互いに思っていることを言い合ってその日の内に仲直りしていた。無視されるようなことをした覚えはない。
そう思いながらもふと彼女の声が悲しそうに聞こえたことを思い出し、やはり何かあったのでは、と彼女の後を追いながら、
「もし、怒らせるようなことをしたなら謝る。ごめん…!俺、美咲と会えるのが楽しみでずっと待ってたんだ」
「・・・」
「なんかあったのか?」
「・・・・・」
「何か言ってくれないと俺もどうしたらいいか分からないよ…」
「・・・・・・・・」
彼女は一言も話そうとしない。
その後も話しかけ続ける俺と、何も言わない彼女。
(いったいどうしたらいいんだ…)
俺は、彼女の無言に戸惑いを感じながらも、内心で葛藤していた。彼女が言葉を発してくれることを願いながらも、もう二度と話してくれないのではないかと不安が胸を締め付けた。
そんな中、「ど...…て........、わた...…う........」と、彼女は何かを呟いた。
「っ!?美咲!今、何ていったんだ!?」
溜息のように発せられた言葉に、俺はすかさず聞き返した。しかし、彼女は答えることなく、トボトボと彷徨うように歩き続けた。
俺は彼女が、「”どうして、わたし、もう”」と、言ったように聞こえた。
その言葉が、頭の中をグルグル回り、俺の思考を奪っていった。
夕方、日がもうすぐ沈む時間帯。
小さな交差点で彼女は立ち止まった。街灯の明かりがゆらゆらと揺れ、彼女の姿が浮かび上がる。風が冷たく、周囲は静寂に包まれていた。彼女の後ろ姿からは不安と悲しみがにじみ出てるようだった。
俺は、彼女の悲しみを知りたくても知れない焦燥感に襲われた。彼女の悲しみを癒せるのは自分だけだと思いながら、彼女に近づいていった。
すると、突然彼女は座り込み先程花屋で買った4本の白いカーネーションらしき花を握りしめながら、
「うぅ.....…、っ.....…、あぅっ.....…」
彼女は静かに泣き始めた。その泣き声は周囲の静寂をより一層際立たせるようだった。
「.....…っ、ゆっ、.....…ゆう、った.....…」
「........っ!」
俺は一瞬彼女が何を言ったのか分からなかった。
(ん、い、いま、お、俺の名前を呼んだのか?ど、どうして、俺の名前を呼びながら泣いているんだ。意味が分からない)
俺は一旦落ち着こうと胸に手を当てながら深呼吸をした。その時、妙な違和感を感じた。心臓が動いてない。これだけ衝撃を受けて困惑しているはずなのに心臓がバクバクしていない。
「........そ、そうか、俺は........」
そこには、座り込み泣いている彼女と、白い4本のカーネーション、そして、彼女の影だけが伸びている光景があった。
以上。