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「太宰治へ」(連載小説)(十)

 ふと思い出した用事があった。ゆらゆら揺られて、用事の場所へ流された。この癖のある右へ左へゆらゆらする歩き方は、あの人の真似のつもりだ。頼りなさそうな、かと言って、格好悪いとも思えなかった。けれどもこれで歩いていると、まるで自分が歩いている様には感じることが出来なかった。

  別段用事といっても大したことではない。私は昔からの悪癖で、いや最近からの悪癖で、針小さき、しかし棒の様に大きく物事をとらえ増してやそこで狼狽えるおのれを想像しつつ、また自分はひとつひとつの行動にいちいち注釈を加えた。

 煙草を吸っているような動作をわざわざする。そしてわざわざ溜息を吹く。無駄に舌打ちをする。このように、無駄な動作が多い。やがてこれが青春期における男のある現象なのであることに気づくのだが、気づくまでの時間の遅さには閉口しておきたい。
 その現象はまだ自分の中に渦巻いているらしく、恐らくはあの人に対する熱意と憧れが焦がれつくまでこの渦は消えぬのだろう。

 自分の用事というものは、大方舌が寂しくなったから、大人の飲み物を買うという動作をすることである。自分はここで酒を買うような輩ではないから心配するな。珈琲である。なにが美味いのか訳が分からぬ物だ。しかし吾が舌を恐縮にさせてまで飲むには大きな理由が自分なりにあった。

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