過去との遭遇・6・今までとこれからの
今なら自信を持って彼女にいうだろう。
「なんてバカなんだ」って。
あの夏休みがきっかけで、ぼくは散々からかわれたけれど、彼女の方がずっとずっと嫌な思いをしただろう。
ぼくは噂には慣れていたし、そのままにしておいたってそれほど困ることはなかったんだ。
なのに。
きっと彼女はぼくをかばってくれたのだろう。
彼女は「自分がぼくを誘った」といったという。
この地域が窮屈で、噂がどれほどの脅威か知りすぎるほどわかっている彼女が、そんなことをするなんて、考えられる理由はそれしかなかった。
だから、もしぼくが彼女に話しかけたら、彼女のやさしさを否定することになると思って、離れることが正解だと思っていたんだ。
そして、ぼくは、離れることが彼女のためになると思って、逃げたんだ。
彼女が地元の高校へ進学することは、噂で知った。
街の高校へ行きたいとあれほど勉強をがんばっていたけれど、認めてもらえなかったのだろう。
ぼくは母に「街の高校へ進学したい。父と兄のところから学校へ通いたい」とわがままを言った。
母はさみしそうな顔をしたけれど、許してくれた。
ここがどんなところかわかっているからこそ、許してくれたのだと思う。
夏休みや冬休みには、祖母や母に会いに帰ったけれど、相変わらずの毎日に居心地が悪くて長居はしなかったし、偶然彼女に会うなんてこともなかった。
たぶんぼくは、彼女のことがすきだったんだと思う。
彼女と過ごす時間はいつもあっという間で、笑ったり怒ったりストレートに感情を表現するところに惹かれていた。
強気なのかと思えば、自信がなさげに手作りクッキーをくれたり、おいしいっていうとはにかむように笑った顔はとても可愛かった。
悪いことをしていないのだから、堂々としていればよかった。
彼女ともっと、一緒に過ごしたかった。
思い出すとキリキリと痛むのは、大切に思っていた子を傷つけてしまったから。
守れなかったから。
自分の気持ちを伝えることもできなかったから。
彼女はぼくのことを恨んでいるだろうか。
思い出したくもないだろうか。
同窓会の会場で再会したら、ここで話しかけたかったことを咎めるだろうか。
それとも、そこでも知らぬふりをした方がいいのだろうか。
迷う気持ちが募る。
だけど、ここで話しかけることもできない。
コーヒーを買ってから、急に落ち着きがなくなった彼女を眺めていると、不意打ちのようにこっちを向いたからバッチリ目が合ってしまった。
と、思ったらものすごい勢いで目をそらされた。
…どうしよう、可愛いな。
全身で緊張している彼女が、とても可愛かった。
さっきまでの不機嫌や苛立ちは、すっかり消えている。
こんなに緊張しているってことは、ぼくのことを思い出したのかもしれないと、うぬぼれてもいいのだろうか。
ついさっきまで、話しかけることはできないと思っていたのに。
「覚えてますか?」
彼女は声を震わせながら、そう言ってカバーがボロボロになった本を差し出した。
まさか、彼女がまだその本を持って入れくれたなんて。
そして、今ここでその本を差し出されるなんて、思ってもいなかった。
ものすごく驚いたけれど、緊張して声を震わせている彼女があまりにも可愛くて、つい意地悪をしたくなってしまった。
「…その本、おもしろかった?」
そう聞くと、彼女は一瞬驚いた表情をしたけれど、すぐに、
「それほどおもしろくはなかったかな。」
いたずらっ子みたいな顔でそう答えた。
「ぼくもそう思う。」
ぼくたちは、あの頃みたいに顔を見合わせて笑った。
続編まで出版されているのに、その本はそれほどおもしろくはなかった。
だけど、その本があったことで、ぼくたちはあのひとときを過ごすことができたんだ。
「同窓会出るの?」
「そのつもりだけど、気は進まないかな。」
「そっか。うん、わたしも。」
彼女は困ったように笑った。
あの頃よりも、表情や雰囲気が柔らかくなった。
不機嫌な表情は変わらないのに、なんて。
「懐かしむ相手も、話すこともないんだけどね。」
「ふふふ。そうだね。」
「そこは否定してくれないんだ?」
「だって、ほんとのことでしょ?」
あれから、どれほどの月日が流れたのだろう。
だけど、彼女はやっぱり彼女だった。
一瞬で埋まる時間。
変わらない笑顔。
そうか、ぼくは、きっと彼女に会いたかったんだ。
懐かしむ相手も話すこともないけれど、彼女に会いたかった。
遠くから眺めるだけでいい。
そう思って、気の進まない同窓会に参加するつもりだったんだ。
「…あのさ。」
「なあに?」
降りる予定の駅がアナウンスされている。
彼女はまっすぐ、ぼくを見つめている。
ドアが閉まる。
ぼくたちは、新幹線を降りなかった。
あの頃の話をたくさんしたいと思った。
あとは、今までの話もたくさん聞きたい。
それと、これからの話もしたいんだ。
次、いつ会えるかなってことも。
だから、ぼくらの同窓会はこれでいい。
会いたい人に、やっと会えたから。
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