掌編小説 『オーダーメイド』
もう二ヶ月も、体の左半分がしびれたままだった。
シャ、シャ、と巻尺をひっぱりだす音が、ちいさな店のなかの空気に切れ目を入れるように響いている。巻尺を持つ彼の手がときどき、しびれた肩や腰に触れた。
夜しか営業していないこの変わったオーダーメイドのスーツの店は、偶然見つけた。バスも通らない細い道にあり、となりは乾物屋さんだった。わたしが仕事を終えてやってくるのはたいてい午後十時すぎなのでいつもシャッターが閉まっていて、店先に並んでいるであろう昆布や乾燥豆を見ることはなかった。
「採寸はこれでおしまいです」
彼が言った。とても背の低い人だった。
黒いスーツを着ている。
それは水泳選手の水着のようにぴったりと体の一部になっていて、彼がそれを脱いだところがどう頑張っても想像できなかった。めがねをかけた小さな顔は二十代にも五十代にも見える。モノクロのような全体のなかで、うすい唇だけがやけに赤い。その唇がひらいた。
「スーツと孤独は、似ています」
はあ、とわたしは答えた。また水曜日に仮縫いにきてください、と続けて言われ、はあ、とまたわたしは答えた。
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