子供は神様からの授かりものなの?
親はいつから親になるのだろう。
命はどこから来るのだろう。
親とはどのような存在なのか、
子供とはどのような存在なのか。
親とはどうあるべきなのか、
子とはどうあるべきなのか。
親としてどう在りたいのか、
子としてどう在りたいのか。
混沌とした世界でおやこのみちを考える親子道を提唱しています。
はじめましての方もふたたびの方も
お立ち寄りいただきありがとうございます♪
ここからのお話がますます楽しい親子関係への
何らかの氣づきのきっかけと成ることができたなら幸いです。
日本の古い言葉。歴史。海外の神話や言葉様々な古い話をのぞき見てみると、思うことがある。
しあわせの青い鳥。
子どもたちが青い鳥を探して旅をする。でも結局見つからなくてもとのところに帰ってくる。そうするとそこに青い鳥がいる。
日本には八百万の神がいる。神様ってなんだろう。どういう存在なんだろう。誰しも一度は思ったことがあると思うのです。
神社。当たり前に、何かあっても何がなくても。生まれたときからお参りしてる。
誰かが教えてくれた事が私には、しっくり来た。神社に祀られている神様は天皇家のご先祖様と言われている古事記や日本書紀に名前を連ねる神々だったり、菅原道真のような方だったりするわけで…
自分の両親のまた両親とたどっていくと、ご先祖様のその数はあっという間に日本の人口をこえていく。日本の歴史を考えれば皆様遠いご親戚と言ってもいいわけで…つまりは、少なくとも神社に祀られている産土神様は遠い遠いご先祖様ということだと思うのです。
神様が、遠い遠いご先祖様ということは、授かった赤ちゃんは、神様の命をつなぐ者。神様の命の分け御霊ということだと思うのです。授かった命を大切に守り育てる。それを何百年も何千年も繰り返して私達の命がある。赤ちゃんの命が授かりものであるのと同じく、お父さんやお母さん自身も大切な授かった命の存在であることにはかわりない。
愛された。大切にされた。
そういう思い出や記憶があったとしても、なかったとしても、今あなたも私も生きている。
生きているということは、生かされているということ。
生きていいよと認められているのかもしれないし、何か大切な役割があるのかもしれないし、ただ単に人生楽しんでいいよということなのかもしれないし、生かされている理由も無限大だと思うのです。
いずれにしても、ご先祖様に守られているということにはかわりがないなぁと思うのです。
子供が欲しくてもかなわない人がいる。
今はちょっと…と思っていても授かる命がある。
ひとのおもいがあってもなくても関係なく命は授かる時には授かる。
人間の能力を超えた何か見えない力でコントロールされている。だからこそ神様からの授かりものと言われる存在。それは今生きているすべての命。かつて生きていたすべての命。そしてこれから生まれてくるすべての命。皆同じこと。
私は、私というこの命を授かりものとして大切にあつかっているだろうか…?
あなたはあなたの命を授かりものとして大切にあつかっていますか?
我が子(我が子のような存在)を授かりものとして大切に接している…?
迷路に入りそうな答えのでなさそうなこの質問。昔の人は生活の教えの中で、道徳教育の中で地域社会の中で自然とわかるように答えがちゃんと用意されていたんじゃないかな?と思うのです…。
失われた生活習慣や行事、道徳教育を学ぶことで何かを見つけられそうな気がします。
宝探し気分で見つけに行くのも楽しいかもしれない。ご先祖様に感謝して…。
最後までお読みいただきありがとうございました。あなた様も間違いなく授けられた大切な命の存在です。ご自愛下さいませ✨🥰✨。
最後までお読みいただいた皆様に幸あれ〜✨