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「源氏物語ミュージアム」へ行こう~その気持ちを後押しするために
はじめに
『源氏物語*』を読んだことはありますか。
今年は特に大河ドラマの影響もあり、古典文学への関心が高まっているように感じます。
しかし、『源氏物語』はその長さや複雑さから、全巻を読み通すのはなかなか難しく、手が出しにくいと感じる方も多いでしょう。要約版を読んでも、やはりわかりづらい部分が多いのも事実です。
宇治へ
約ひと月前、10月中旬に5年ぶりに京都・宇治を訪れました。
『源氏物語ミュージアム』を堪能し、宇治川の流れを眺めながら、千年の時の流れを感じていると、自分の人生もまた一つの物語だという思いが湧いてきました。
喜びや悲しみ、さまざまな経験が積み重なって今の自分があることに、改めて気づかされたのです。
歳を重ねた今だからこそ、若い頃とは違った視点で『源氏物語』を受け止められている自分にも気づき、この物語の魅力がより多くの方に届けばと、心から願うようになりました。
桐壺巻
そこでまず、物語の始まりを飾る桐壺巻をお勧めします。
光源氏の華やかな人生の始まりや、彼を取り巻く人々の愛と葛藤が描かれたこの巻には、『源氏物語』全体のテーマが凝縮されています。
千年以上も前に書かれたにもかかわらず、登場人物たちの人間関係や感情は、現代の私たちにもどこか共感できる部分があり、心に響く場面が多いことでしょう。
愛と喪失の巻
物語は、桐壺帝が数ある妃の中でも、それほど身分の高くない桐壺更衣を、特に寵愛する場面から始まります。
更衣は嫉妬と陰謀に巻き込まれ、光源氏を生んで間もなく、悲劇的な死を迎えます。
幼くして母を失った光源氏には、この喪失感が生涯消えない孤独として刻まれ、恋愛や人生の選択に影響を与えることになります。
娘を失った桐壺更衣の母も深い悲しみと無念の中で亡くなり、悲しみの連鎖が物語全体の基調となります。
桐壺帝の悲しみもまた深く、最愛の更衣を失った後も「長恨歌*」に重なるような哀愁を抱え、後悔に苛まれます。彼の愛と喪失の感情は、光源氏の人生にも受け継がれていくのです。
人生を振り返る
人生には、喜びだけでなく、別れや喪失もつきものです。
大切な人を失った悲しみや、叶わなかった願い、そして後悔。こうした感情は時代を超えて、私たちの心に響く共通のものです。
桐壺巻は、そうした普遍的な感情を見事に描き出し、読者に深い共感を呼び起こします。
人生の経験を重ねた中高年の方々であれば、なおさら登場人物たちの感情に自身を重ね、人生の意味を改めて考えさせられるのではないでしょうか。
おわりに
もの思ふと 過ぐる月日も 知らぬ間に 年もわが世も 今日や尽きぬる
(物思いばかりして月日が過ぎたことも知らぬ間にこの年も我が生涯も今日で尽きるのか)
これは、幻巻で光源氏が詠んだ最後の歌で、私の好きな歌の一つです。
私も、人生後半に差しかかり、できることは限られてくるかもしれません。時には諦めも必要なのだと思います。
それでも、これまでの経験を糧にしながら、穏やかな日々を重ねていきたいと願っています。
人生は静かに移ろい、その中に新たな喜びが見つかるはずなのですから。
☆☆☆☆☆
※『源氏物語』・・・平安時代中期、紫式部平安時代中期によって書かれた日本最古とも伝わる長編小説。1008年頃。主人公「光源氏」の生涯と恋模様、その息子「薫」の成長を綴った、五四帖(約七〇年分)にもなる長大な物語。
※「長恨歌」・・中国、唐代の詩人白居易の長編叙事詩。806年。玄宗皇帝と楊貴妃との愛と悲しみをつづった七言古詩。源氏物語など、日本文学に大きな影響を及ぼした。
※長恨歌を読んだときに書いたエッセイです。⇩