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「竜胆〜」Vol.8【祇園の夏、編】
プロの作家に文章指南を受けている。前回までの流れは下記、
今回は、美樹先生は、どうやらぼくが疲労を感じていることを察したらしく、「べつに休んでもいいんだよー」
いわれ、むむむ。今日もかく。笑。
気を遣っていただき前回は歓談がおおくて、ぼくも助かった。心の余裕ができた。こちらのペースを気遣ってくれる。ありがたい。ぼくの前回の提出でじぶんが感じたこと、先生の言葉も踏まえてかく。
❶【Vol.7】の登場人物に、筆者が無理やりにアクション(動作、行動)をつけていたのではないか?
書き終えてすぐのぼくの反省。
❷【Vol.7】のセリフが昭和。令和にあわない。
ぼくが令和じゃないからさ。笑。
❸【Vol.7】の男と女は、その1日はどのようなに過ごしたのか?
これは痛い、個人的には痛烈な指摘だった。指摘されたとおり把握してなくて雰囲気で書いちゃった部分がある。今回はそれ(その前後の日の行動も頭に入れて書く)は意識した。結果、今回はできなかった。
季節は自由に変えていいということでしたので、今日は夏にしました。
いいよね、祇園の夏。
それではどうぞ。
「竜胆〜」Vol.8【祇園の夏、編】
その日の朝、地中から這いだした蝉がいっせいに鳴いた。もう夏だった。
高い太陽の陽がアスファルトに照って、陽炎があがる。焼けた鉄鍋のようになった路地のうえで太く大きなミミズがのたうっている。
きゃっ、路地で打ち水をする女は、ガイドブックを片手にあるく若いふたりのおんなに会釈をする。若いふたりは、黄色いのれんを一瞥し、たちどまらずにとおりすぎた。打ち水を終えた女は腰に手をあてからだをのばす。陽の傾きぐあいをたしかめるように手で額に日陰をつくって夏の青い空をみあげた。雲ひとつない。ドアに桶を立てかけて女はしゃがんだ。のれんの横にあるメダカがはいった甕をのぞきこむ。水面のじぶんがゆらゆらする。女は肩をすぼめた。
しゃがんだ甕の位置から男の部屋がみえた。木造のふるい二階建てで窓がはんぶんあいていた。人影は確認できなかったが女は二階の角部屋に小さく手をふってみた。
古都の北にある禅寺からすぐの路地裏に、時間になると常連客でにぎわう女の店があった。
男はひょいと首を引っこめた。部屋の窓から、甕を覗きこんでいる女を眺めていたらいきなり手をふってきた。手を振りかえそうとしたじぶんの手をみつめ、男は笑った。
夜どおし女と交わって男は疲れて果てていた。男はまた布団に仰向けになって天井の染みをみつめた。
昨日の夜、祇園祭でたまたま出会ったふたりは知らぬまにくっつきそのままそういう関係になった。
畳と、布団の角が黒茶いろに汚れていた。部屋にかけ布団がなかった。素っ裸のまま男は立ちあがり窓を閉めた。昨晩は交わりすぎた。全身が痛んだ。深くながく交わりすぎて、尻の割れ目のうえが、女と一晩じゅう繋がった根っこがまだ痺れている。尾骨が砕けるように痛む。
男は腕時計をみる。三時を回っていた。服を着て部屋をでた。
階段を降りると、郵便受けに手紙が入っていた。まるく拙い女の文字だった。外便所で小便をし、手は洗わずにズボンで拭いた。軽くうすいプラスティック容器でも踏んだのかと男はシューズをあげる。陽にあたらぬ緑の湿った土いちめんに蝉の抜け殻ばかりが撒かれてあった。黒い艶のある小犬がしっぽをふって近づいてきた。男は力のかぎり便所へ蹴りあげた。便器のパイプにはげしく腹をぶつけて黒い小犬はぐったりした。首輪がついていた。
路地にでるアパートの塀と電柱に貼り紙があった。迷い犬の貼り紙だった。男は一歩さがって便所をみる。携帯をだして電柱の貼り紙に電話をした。五分もしないうちに小さな女の子を連れた母親がやってきて男にふかぶかと頭をさげた。男はしゃがんで少女の目線になった。抱いていた艶のある黒い小犬を返した。男が小犬の腹をさすると小犬がビクついた。心配そうな顔をする親子に男はちかくの動物病院を教えてやった。母親はことわる男を無視してポケットに札を一枚ねじこんだ。親子は黒い小犬を抱いて去っていった。男は電柱の貼り紙に唾を吐いた。
路地にでると、夏の熱さが肌にねばついた。古都の盆地のねばり気だった。夏休みが始まったばかりの子どもが路地ではしゃいでいた。門の前ではビニールプールを膨らませている父親がいた。ふたりの子どもがありえないような勢いで水がでる水鉄砲で撃ち合いをしていた。ほかの子らは水ふうせんを投げあっていた。あっ、と声が聞こえた。男は飛んできた水ふうせんを、柔軟にひざを使って、力を吸収するようにうまくキャッチした。男はあごで空をさした。子どもはポカンとしていた。男は水ふうせんを頭に乗せる。子どもはまた首を傾げた。男は空を指さし、子どもが見あげている青空に向かって思い切り水ふうせんをほうり投げた。五、六人のなかのひとりが、男の意味がわかったといったように目を輝かせ、水ふうせんの着地点を目指して上空をみ、あんぐりと口をひらきながらふらふらと、路地をさまよう。水ふうせんは空をどこまでもあがっていった。一番高いところで留まって、なかに、太陽のひかりを包んだ。それからゆっくりと下降をはじめた。ふらふらと着地点で待ちかまえている子どもの頭のうえで、水ふうせんは勢いよく、べちゃっ、と弾けた。みなは驚いて目をみはった。他の子も目を輝かせて、ぼくにも投げてと男のところに集まってきた。これはもっと面白いぞ。そういって男はピッチャーのように振りかぶって中腰でまちかまえる脳天めがけて水ふうせんを投げつけた。ベチャ。みんな腹を抱えて笑った。
男は路地に唾を吐き、路地の子どもに背を向けて歩きだした。
男の背中にするどい痛みが走った。背中が濡れた。男が振り向くと子どもが走って逃げていった。
ポツ、ポツ、と雨が降ってきた。さっきまで雲ひとつない空が暗くなりはじめた。
黒い雨雲で空が覆われた。夜のように暗くなった。
ベルのついたドア横にある、夜の営業でつくはずの銅製のランタンの灯がついていた。
男はポケットから手紙を出した。やはりこの店だった。
ドア前からでも店のガラス越しに、カフェの主人がずいぶんと板についてきたエプロンを腰に巻きつけた女が、狭いカウンターのなかで食器を洗っている姿がみえた。
昨日、祇園祭であった女に違いなかった。ドアの横から蛇腹のダクトがつきだしていた。コーヒーを煎った薫り漏れてきた。男はのれんをくぐってドアを押した。
カラン。ベルが鳴った。レジの横に業務用の焙煎機があった。
レジを抜けると、カウンターの止まり木が四席だけの小さな店だった。
満席だった。女は顔をあげた。
男が帰ろうとすると、一番奥の緑の絣を着た男が、帰るからどうぞといって男に席をゆずった。
男は礼をいって奥の席に黙って座った。ピアノのジャズが流れていた。
五分も経たぬうちにほかの三人の客も帰っていった。
女の店は路地に面した側いちめんにガラスが貼られた洒落た店だった。
女の店の前に、男に水ふうせんをぶつけた子どもが集まってきて店のなかにいる男と女を囃したてた。男は無視した。女は男にメニューを渡すと、男はなにもみずに一番大きな写真を指さした。女はコーヒーを淹れた。なにか好きな音楽はあるかと聞くと男は笑った。
男はカウンターのうえに郵便受けに入っていた手紙を広げ、これはどういう意味だ。と訊いた。女はかけ布団が血で汚れたから洗いたかっただけだといった。
ガラスの前に子どもがまたやってきた。水ふうせんをガラスに向かって投げ始めた。水ふうせんのなかに赤や青や黄や茶色の液体が入れてあって店のガラスがペンキを混ぜたようなドロドロした液体で汚れた。男は鼻を鳴らして笑った。外で何かが破裂する音がした。女は店をでた。子どもたちが逃げていった。メダカの甕が割れて、雨にぬれたアスファルトのうえで藻に絡まっオレンジのメダカがぴちゃぴちゃしていた。手ですくった数匹のメダカを女はコーヒーカップに移した。
メダカ。そのままじゃ死んじまうな。男はケラケラと笑った。女は顔をひきつらせ笑った。赤や青や黄色や茶色で汚れた液体にまみれたガラスの向こうに黒い犬を抱えた親子がとおった。男はメダカの入ったカップを持って外へでた。カウンターのなかで女はドロドロした色の液体で汚れたガラスの隙間から、路地でしゃがんだ男が女の子に話しかけている姿を見つめた。昨日会った男の優しい笑みだった。男はメダカの入ったコーヒーカップを少女に渡し、母親に頭をさげた。母親がまた一枚の札を男のポケットにねじこもうとしたが男は拒んだ。
男はペンかなにかないかと女にいった。女はレジからボールペンをもってきて男にわたした。
男は、女がかいた手紙の裏に、男が今日やったことの一部始終をすべてかいた。
男は金も払わずに、店をでていった。
女は、男の手紙を読んだ。
最後に、また抱きたい。とかいてあった。
2022/01/06/Thu_05:53_Vol.8
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