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《語彙の三語三文》:手書き帖 3.3〜3.10



三月三日(日)

【埒・らち】
⑴「まったく、このままじゃあ埒があかないぜ」
⑵お前の話は埒もない。
⑶この問題は課長の埒外だ。

【粉飾・ふんしょく】
⑴この木に五千円分の粉飾を施してくれ。
⑵年度末粉飾決算大バザール!
⑶「君、その顔は化粧か? 粉飾か?」

【押し並べて・おしなべて】
⑴おしなべてこの手の問題は厄介だ。
⑵今年の稲作はおしなべて豊作だ。
⑶あの事件後、市民はおしなべて安堵に向かっている。



三月四日(月)

【陰険・いんけん】
⑴陰険に僕を責めないでくれ。
⑵あいつはいつも陰険さを含んだ挨拶をするんだ。
⑶「このやろう! 陰険も邪悪もあるのか! 」

【容赦なく】
⑴容赦なく押しつけてくる。
⑵ご容赦をしてください。
⑶情けも容赦もない会社だ。

【ねじ伏せ】
⑴「よし、君の力で僕をねじ伏せてみせろ! 」
⑵こうやって人間は金で簡単にねじ伏せられるんだな。
⑶うつろな君をねじ伏せられるものか。



三月五日(火)

【愛撫・あいぶ】
⑴「もっと愛撫してくれ! 愛なんか要らないから」
⑵夢の中でうつろな愛撫が暴れるんだ。
⑶愛撫ってなんだ? あっ。

【縁台・えんだい】
⑴「お、今日は晴れたな。一丁、おれと縁台将棋でもうやろうや」
⑵「どちらの田中さん? あー今来ている指物の職人さんね。南の縁側の縁台でお仕事なさってるわよ」
⑶夜。忍者と侍は月に照らされた縁台から生垣に走って消えた。

【骨折り損】
⑴「ああ、またしくじった。これじゃあ骨折り損だ」
「なんのことだ? 」
「庭木の手入れさ」
「また生えてくらあな。みろ。俺の頭を」
「ちげえねえ」
⑵「何が骨折り損だ! 若い時の骨折り損は買ってでもせよ、というだろうが! 」
「先生、言葉をまちがえてごらんです」
⑶「骨折り損のくたびれもうけとはこういうことか… 」
「どういうことです? 」
「見ろ」
「なるほど」


【芸当】
⑴「この殺し方はやつの芸当じゃない。性癖だ! 」
⑵こんな芸当見たことない。
⑶鏡のいたずらのような見事な芸当だ。

【しげしげと】
⑴私は母の愛のこもった仕草をしげしげと見つめた。
⑵彼が無様に帰郷した姿にしげしげと見惚れる。
⑶私は夢の中で、しげしげと彼のこころの家の玄関に踏み入れた。

【恩愛・おんあい】
⑴彼女は恩愛を忘れた一国の娘だ。その母は超えていた。娘がうけるべき恩愛をすべて吸い取っている。そんなように私は感じた。
⑵この国はニンゲンは恩愛の情が腐っている。だが私は再びこの地に舞い戻った。
⑶私を捨てた父と再会した。彼は私と同様に恩愛を知らない男だった。


三月七日(木)

【陶冶・とうや】
⑴若いとき私はごうまんな男だった。二十五歳で地獄を見た。だが陶冶された。這いつくばっていまでは一つの会社を経営している。
⑵人格の陶冶は人格を磨き上げることだ。鋳物や陶器を作り上げることに似ている。
⑶「君、この穴に飛び込みなさい。すぐにすっぽりと君の歪んだ性格は陶冶されるぞ」

【美人局・つつもたせ】
⑴「警視庁の記者クラブによりますと、昨日の大阪の事件はなんと、淀区にある道頓堀小学校に通う小五の美少女が美人局として絡んでいるとの情報です」
⑵ホテルの部屋のドアが開いた。抱き合っていた男女は布団に包まった。
「金を出せ」と男は言った。その男は巨漢で両手で包丁をにぎりしめていた。
「えっ、サチコさん。きみってもしかして… 」裸の男は裸の女に言った
「ケンジさん。その先は言わないで… 」裸の女はいった。
「いいからサチコ。服を着なさい」巨漢の男は言った。
「サチコさん。あなたもしかして、つつもた… 」
「ケンジ! その先は言わないで! 」
「サチコ。耳なんか塞いでんじゃねえ! 」巨漢は包丁の先をサチコと呼ばれる女に向けて言った。
「サチコさん。きみはやっぱり美人局だったんだね」
 サチコと呼ばれた女は発狂した。
「おれは美人局なんかじゃねえっつってんだろうが! 」
 男は顔に爪を立ててその仮面をべりべりと剥がした。
「誰だきさまは! 」包丁の男はさけぶ。
「捜査一課だ」と男はがっはっは、と裸でわらった。
「この裸の女は美人局デカだ」
「や、やられた」巨漢の男は膝から崩れ落ちた。
 カチャ。
「三時三分。ホテル夕月。現行犯逮捕。美人局教唆の現行犯」
 巨漢の男に手錠がかけられる。
「初の、手柄だ。おめでとう。美人局デカ」
「だからおれは美人局なんかじゃねえっ! 」
 美人局デカは同僚の刑事に手錠をかけた。
⑶美人局の語源は中国です。

【妲己・だっき】
⑴妲己は殷の紂王の寵愛を受けて、淫楽におぼれ、残忍を極めた妃だ。なんでも度をこえてひどすぎると不思議な魅力が備わって、人気がでる。
⑵毎晩、私の夢に妲己が現れる。左ほほを打たれる。やめてくれない。
⑶朝目覚めると、夢にしか現れない妲己が隣のベッドで寝ていた私の妻に馬乗りになって、暴れる妻の口に濡れたティッシュペーパーを一枚一枚被せていった。次第に妻は弱まっていく。私は血の気が引いてゾッとしていると「死ぬのにはこれで寒くないだろう」と言って一瞬私を見て、私と目を合わせてから妻の喉に包丁で穴を開けた。妻の喉で血が泡を吹くぶくぶくという音で私は、ガバッと夢から覚めた。すると隣では夢にしか現れない妲己が隣のベッドで寝ていた私の妻に馬乗りになって、暴れる妻の口に濡れたティッシュペーパーを一枚一枚被せていった…


三月八日(金)

【遠雷・えんらい】
⑴遠雷は山の向こうから聴こえる。
⑵あの日、私は部屋を締切にして内鍵をしていた。あなたが言う遠雷は聴いていない。
⑶遠雷が近くから迫りくる。なんだこの感覚は?

【波濤・はとう】
⑴波濤の音が耳をつんざく。
⑵崖に波濤があたって砕ける。
⑶波濤がぶつかりあい、泡なって消えた。

【檻・おり】
⑴水滴のひとつひとつが月の檻(穂村弘・歌人)
⑵おれはまだこの齢になっても心の檻からは出られぬのだ。
⑶檻は開くものじゃない。破壊すべきものだ。


三月九日(土)

【珈琲・コーヒー】
⑴私は珈琲なら「モカ」か「エチオピア」が好きです。
⑵中国語で珈琲は「咖啡」です。「琲」の字が口へんです。
⑶「君の名は? 」「蒼井珈琲です」

【拘泥・こうでい】
⑴恐怖の過去にいつまでも拘泥するな。
⑵私が拘泥する力はドラゴンのように強い。
⑶君の鼻は疑いをどこまでも拘泥する。まるで龍のキバのようだぞ。

【口癖・くちぐせ】
⑴君の口癖は、なんだか私の耳に心地よく残る。
⑵その口癖はやめよ!
⑶昨日、私はようやく待ち伏せする口癖を獲得した。なかなか良いものだ。
十九時二十九分。執筆再開。



三月十日(日)

【ぎくしゃく】
⑴ぎくしゃくとしてきた。
⑵「お前のウチ、さいきんどうだ? 」「ああ、少しぎくしゃくとしてきたな」「何年目だ? 」「3年目かな」
⑶「ハーイ、今からギクシャク大会をはじめまーす。ヨーイドン!」

【脅威・きょうい】
⑴あの女の胸の大きさはおれには脅威だ
⑵「敵に脅威を与えるなら金を与えよ」「なぜ? 」「内部崩壊するのさ」
⑶「オカミさん 今日の日替わり定食はおれガッツつもりで! 」「あいよ! 」「おれは脅威盛りで! 」「あいよ! 」

【遮る・さえぎる】
⑴おれの行く手を遮るな!
⑵「このパーテーションを遮ったむこうの女はなかなかだぜ」「見たのかよ」「声が艶っぽいんだ」
⑶私が発した愛の言葉は、風に遮られた。



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