800字日記/20221211sun/155「バイブするスマホ」

携帯のバイブで目覚めたが、風邪をひき始めて一週間が経ってようやく恢復のきざしを見せたと思ったのにまたぶり返したのか、はげしく咳きこんでしまい、昨日鼻をかんだ際に鼻血は出たが橙色に近い色だった痰がかなりうすまった喉の痛みと胸をつく咳がまた悪化にむかう恐怖にかられ、スマホに表示された七時八分のディスプレイを睨みながら、こんなに体調が悪いのは雨とか湿度のせいもあるにちがいないと立ち上がって窓の外を見ようとするが胸が爆発するような咳におそわれて、胸を貫かれたガンダムのように立膝をついて崩れ、陸亀のごとく丸くなって布団を被って咳を連発すると、ガラス戸の隙間からネコが入ってきて部屋が寒いのに気づき、布団から手を出してリモコンを探るが、メガネ、本、めざまし時計、机の足、バイブするスマホに触れるだけで、ふと座机の上だと思い出して手をさらに一段伸ばしてつかんだ。

ディスプレイには《ウワダイラ》という諏訪の不動産の表示で、きっと話の内容は、誠にすみませんが振込手数料のほうはお客さんにもって頂くことになりますので、という一見真面目で慇懃に感じるがじつは若いだけで要領の悪さを誠意で補っているようにしか見えない彼の、謝罪ばかりが際立って伝わってきて、こちらの意図を読み取らないのか汲み取ろうとしないのか、大家の意図をこちらにまったく伝えてこない、言葉を濁すばかりの彼の態度を気に留めながら、先月にふりこんだ内金の五万の返金の話に決まっているので無視を決めこむか、引っ越しは来年にやる、二月三月ならまた物件が動くんじゃないの？　そんときにまた部屋を押さえたらまた五万に手数料を取るのかよ、と意地悪なことを言ってやろうかと思いながら、無視をしたとていつ五万が必要になるかわからないので仕方なくひとさし指でディスプレイをフリックするとまたはげしく咳きこんで息苦しく、その咳を丸呑みするように部屋の乾燥した空気を吸いこんだ。

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