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短編「権現の咒い」(10枚)
「なんでおれなんだ! 」
叫ぼうとしたままおれは使いを睨めた。あのとき確実に殺しておけばよかったのだ。
汗だくになった笑いとも忿怒ともつかぬ顔で使いは奇声をあげ地面を蹴って踊る。
首や手や腕や足や腰のあらゆる関節がかんがえられない異常な角度でおれ曲がって竹串みたいな体の節々はボキボキ音をたて鼻も耳もくねくねとびでた眼球もねじれ、皮だけになった乳房をぴちゃぴちゃさせて「だでがどうがだじてげでぐだざい〜 」と叫んで踊る。使いが踊る炎陣の外にいる双子の巫女は狂ってはいなかった。右はおれと目を合わせようとせず左とはちょくちょく目が合った。去年、村に連行されてきた二人だ。おれは右と何度もおまんこした。いつか左ともおまんこしてやるぜ。へへへ。
双子の巫女は草を染み込ませた糸瓜でおれをぶったたく。双子の巫女は右手に濡れた榊を持って左手に持った火薬みたいにバチバチ跳ねる松明をそこら中に打ちつけ火の粉を大きく撒き散らした。そうすることで恰も使いに異常な力があるように見せていた。
おれはこの臭い芝居から一刻も逃げだしたかった。だが自分の肉体のなかで何かが盛りあがってくるのを感じる。それをおれは恐れた。使いは踊りで村をひとのみする。村びとの目はすでに炎のなかで踊る使いに熱狂していた。だがおれは発狂しそうだった。もうたくさんだ! やめてくれ!
おれは腰刀で自分の太腿をぶっさした。だが興奮のせいか痛みをかんじなかった。次第に炎のなかから聴こえてくる温かい宇宙のリズムがおれの肉体に心地よくしみこんできた。
このおれの心臓を権現にさしだすなんてまったく馬鹿げてやがる。よりによってなんでこのおれなんだよ。畜生ッ、なんでおれなんだくそッ、こうなりゃここで死んでやる、もう一度だ、ぐは! え? 痛くないぞ、なんでだ? もうおれは死んだのか。
次の日、おれはすっかり身支度をすませ、権現へむけ出立した。あるきながら奇妙な昨晩のことを思い返すとまたはらわたが煮えた。そんなことよりも馬でも奪おう。
「あらいい男じゃないのさ、めずらしいねえ」
籠から艶やかな女の声が聞こえてきた。籠を担ぐ四人の女はみな馬面で円らな黒目だった。馬みたいな女の籠担ぎというより籠を担ぐ馬女だ。おれが奪おうとしている馬は馬女の後ろでしおれた奴婢みたいに群れて蹄で砂利をころがしていた。馬は足を鎖でつながれていた。一番つかえそうな馬をのこしてあとはみな殺しだ。籠の女はもてあそんでおさらばだ。
籠の開けて敷居をまたぐとおれは腰をぬかした。籠の中にはおれが朝でた村が広がっていた。おれはそのまま籠の中にぶったおれた。
気がつくと、おれの眼の前に使いがいた。おれは恐怖でふるえた。さらに今度は、籠の外からなんと、このおれの声がきこえてきた。
「なんでおれなんだ! 」
違う! あれはおれの声じゃない。馬が喋っている。あれは馬の嘶きだ。
「あらいい男じゃないのさ、めずらしいねえ」
今度は籠の外から、先ほどの籠の中の女の声が聴こえてきた。籠を担ぐ馬女が笑っている。さっきおれが殺した馬面のくりとした円らな黒目の四人の籠担ぎ女たち。
おれは頭をふった。そうだ馬を奪おう。馬を奪ってここから逃げるんだ! 一番の馬をのこしてみな殺しだ。早くここをおさらばだ。心臓を権現に差しだすのがなんだってんだ。逃げてやるぞ。権現こそ使いが言葉で勝手にこさえた想像上の怪物じゃないか!
女を籠にさそい入れ、おれは腰刀を女の胸にぶっさした。復活するのが怖く目をつぶらずにめった刺しにした。おれは女を血でびしょびしょに濡れたぼろ切れのようにした。二度と蘇らぬよう心臓をえぐった。心臓を取りだし穴に埋めて踏んで土を固めた。貴様が権現であれば眼力でおれをひねり潰すことだってできたはずだ。ぎゃはは。おれは権現の胴体の皮を剥ぎ首と四肢をばらばらに損壊した。一瞬、この籠の外にでた瞬間また権現が待ち構えている恐怖に襲われた。がそのときはまた殺せばいい。おれは権現の肉が炭になるまで焚いて白骨を砕き籠の外にでた。すると…
おれは馬になっていた。
おれはつながれていた。はなれた両目から自分の馬面の先に鼻輪がぶらさがっているのがみえる。足をあげようとするとつながれた鎖で身動きが取れず石ころをふんづけよろけた。
「あらいい男じゃないのさ、めずらしいねえ」
おれ、つまりむこうからあるいてきたおれが、腰刀で馬女どもを殺して籠のなかへと入っていくのを馬になったおれはこの黒い円らな目で見つめていた。おれは思う。籠のなかの出来事はおそらくこのおれがやったこととまったくおなじにちがいない。となると、つながれているこの馬どもは… 元々このおれだったんじゃないのか?
闇夜。薪を囲んだ五人の女が肉をくらっている。馬の首が、おれの横でごろりと横たわっている。この首は、きっとおれより先に五人の女と出会った先着の馬になったおれだ。
馬のおれは首をのっそりと動かし横にいる馬面(いつぞの先着のおれ)を見た。まったくもって間抜けな馬面だ。なんでこいつらはおれと違ってこんな間抜けづらなんだ。こいつらの面はみなおれが出た村びととおなじ面だ。おれは周りののっぺりした馬面と、巫女の演出と火のなかで踊るつかいを見て熱狂で目を輝かせる村びとの面を重ねあわせていた。
おまえらはなぜ死んだ魚のような目をして土ばかりを掘りかえすんだ? 目の前に鍬があるのになぜそれで領主を、地主を殺して土地をうばわないんだ? それでいて軒下に刀をごっそり隠してやがる。お前らいったいなにがしたいんだ?
馬は穏やかな顔をして焚火を見つめていた。それが信仰なのか。おれは権現もなにも信じない、おれはこのおれしか信じないぞ、おれが目に見えるものがすべて、脂がしたたるくえる肉、触れる柔らかな乳、ぬるぬるしたおまんこ、ざらざらした舌先で舐められるケツの穴の快楽こそがおれが生きる世界だ。それが生きるってことだ!
おれはねむる前に馬の頭数をかぞえた。四十七。いつもと同じだった。
五人の女たちの食欲は凄まじくおれが眠りにつく頃には馬の肋はまるで座礁船のように傾き、炭のうえには白い馬の頭蓋骨がひとつ横たわっているだけだった。
くる日もくる日も、先着のおれは、四人の籠担ぎの馬女を殺し、籠からでてくる度に四十八番目の馬になった。おれはいつも一部始終を見ていた。おれはこの輪廻じみた一本道で、女どもの一部始終を見ていた。女という生き物は使いよりも権現よりも恐ろしい生きものだ。もしかしたら人間でもっとも恐ろしい生き物かもしれない。何度殺されようがどのように惨殺されようが、夜になると、すっかりその姿かたちをもとに戻していた。霧の日はその肌はより艶やかに美しくなってあくる日になればまた凄まじい食欲で先着の馬になったおれをけろりと喰らった。
「美味しいねえ、この肉、とくにほら、これ、心臓だよ、ほら、その部位はもう少し焼いた方が美味しいよ」
闇夜。いつものように五人の女が薪を焚いて馬の肉を喰らっていた。
この夜、ただひとつ違うのが、馬になったこのおれが、熱病に罹った。
馬のおれは恐ろしい悪寒に襲われ始めた。全身がぶるぶるとふるえた。骨が軟骨が割れるように痛んだ。
おれは女どもに体調不良を気付かれぬよう体を震わせ冷えた脂汗を弾いた。がまたすぐに全身の毛穴から脂汗が噴きだし、大粒の玉ができた。おれはまたぶるっと汗を弾いた。嘶きたいが、女らに悟られまいとおれは目を瞑る。頭蓋骨の中はまるで半鐘を打ち鳴らしているようだ。
滝のように垂れる洟、屎尿を垂れ過ぎて肛門が熱い、脱水で喉が異常に渇く、砂袋のようにおもくだるい躰、喉の内側が渇きひりひりいたむ、眼に針が突きささってくる、くしゃみが咳が緑の痰がとまらない、背骨の節々がぎしぎしと痛む、血が沸騰している! オエェ〜息ができない! ぐるじいグルジイダレガダズゲデ… ゴノママジンデジマウヨ〜
ここはどこだ? あれ? おれの首がへ変な方へ曲がっどるひひひひーん、だれが息ができな、ぢだおれはおれの血を飲んでるおでおでのぢで溺れじぬ… ぐるじい、がらだじゅうがいだい! ごんなにぐるじいのはいやだ! ざざむいよ、いやあづいがらだがあづいあだまがどげぢゃう! おでの鼻のうえにみえるじろいがだまりは… え脳みぞ? ぐるじ… いまごごでじんだぼうがまじっでのはうぞでずッ! おれやっばまだじにだぐないよお!
「だでがどうがだじてげでぐだざい〜! 」
え? おれは、その言葉をいったいだれに向かっていったんだ?
「あらいい男じゃないのさ、めずらしいねえ」
外から村の女の声が、聴こえてくる。
「美味しいねえ、この肉、とくにほら、これ、心臓だよ、ほら、その部位はもう少し焼いた方が美味しいよ」
だれかがおれに話しかけてくる。ああ、この声は、いつかの使い声だ、
「なんでおれなんだ! 」
なんで? に理由はないよ、なんでにヘチマもないんだよ、ほら、これがおれの一族を殺したおまえらにやる咒いだよ、ほれ、
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