小説『GM』全取材ノートvol.5。20230327mon273_序二稿と一章一稿
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序
目を覚ましたとき、男は菜の花畑に倒れていた。
鼻についた黄色い花粉を手で払い落として、男は顔をもたげた。男が乗っていた自転車はアスファルトの道の端に、スタンドが立てられた状態で、そこにちゃんとあった。
盗まれたりした物はないかと男は自らのからだのふしぶしを触ってひとつひとつ検分をする。黒いパンツは臀部(でんぶ)でつぶれた菜の花で濡(ぬ)れていた。紺色のシャツはどこも汚れていなかった。男は安心してため息をついた。それにしても、男の胸になにかひとつ釈然としないものが残った。
いまなぜ自分はこの菜の花畑に倒れているのだ。
男は、思考を始めるなり、それ以後に自分の頭のなかで、ぐるぐるとめぐることになるさまざまな浮遊思念について、深くかんがえる行為を、遮断(しゃだん)した。男は思考実験をする類いの人間ではなかった。それに天気が良かった。男はそのまま湿った菜の花畑のなかにあおむけになった。草の青い臭いが鼻に突いた。春の青空はおぼろ雲がワタアメのように浮かんでいて菜の花畑の額縁に入った油絵のように見える。
「この道、五十メートルさきの十字路を、高崎方面へ右折です」
女の声が聞こえる。男はもう一度、頭をもたげる。目の前はアスファルトの道路だ。男は頭のうしろで腕を組んで菜の花畑に寝そべった。両足を広げる。それから目を瞑(つぶ)って耳を澄ませた。
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