冒頭で出会うVol.14_ラブホテル前
ひるんでたちどまった。足は、ガクガクふるえている。踏みこめば処女をうしなう。めだたぬように地味にたたずむ、公衆トイレの入口のようなラブホテルの前にわたしはたちつくしていた。センパイはわたしをつめたい目でみている。わたしが時間をひとつ前に進めるのをまっているようだった。ただ、急かしてはいなかった。時間が、まるで搗きたての餅のように、ねっとりとながくかんじる。鞄にさげたミッフィーのキーホルダーの鈴をわたしは弄っていた。
「あの、わたし、その、やっぱり、今日ちょっと、無理かも」
センパイに処女をあげるのは、きっと今日じゃなくったって、いい。わたしはぼんやりとおもった。
センパイは顔をぱっと輝かせた。
「ねえ、豪華ホテルプレゼントするよ。冗談、いつもの。スッポかされちまってさあ、すぐこれる? え、五分で? 無理だろ、どこいんだよいま、え、ブクロ? おう。じゃ十分後な」
センパイにコクリと頭をさげて、踵をかえす。すぐ路地の影にはいって白くなったラーメンの汁とか倒れたビールケースとか吐瀉物とかばかりが目にはいる。闇に目が慣れると電柱の影に、おなじ学校の生徒の影がみえた。最初からセンパイとわたしの一部始終をみていたのだろうか。チャリン。あれミッフィーのキーホルダー。まさか! ナオトセンパーイ、手をふってかけてくる。紗英だった。紗英がわたしの真横をいきおいよくはしりぬけていった。鞄から音楽ポッドのイヤフォンをだして耳に差しこむ寸前、やだ〜、センパ〜イ、だれにすっぽかされたの〜。紗英のあまい声がきこえてきた。
書いて感じたこと、
⑴本当は、もっと爽やかに、夏の夕暮れの江ノ島の電車(江ノ電)を背景に出会いを書こうと思ったんだけど、なぜか「ラブホ前」に。
⑵わかりやすく(ベタでもいいと思い)「ミッフィーのキーホルダー」を道具に使ったが、もっと上手くできそうな気がする。