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小説「最後の弟子」人物/日高健治(取材さんぽからのアイデア)

朝から、ひどく気が重く、どうにもならなかった。

執筆どころではない。だからせめても取材を兼ねてさんぽでもしようと家をでた。すると、ふたつのアイデアが化学反応して、物語の副主人公といえばいいか、日高健治なる男の過去が見えてきた。

上記、では日高健治は「片足」であったが、それはやめて、「脊椎損傷で跛っこ」という設定がいいと思った。

これにはモデルがいる。

京都時代に住んでいたアパートからすぐの商店街にとある魚屋があった。そこの主人(Kさん)は、いつも元気よく客に対応していた。魚屋さんには3人ほど従業員がいて彼らはKさんを「専務」と呼んでいた。Kさんはいつも松葉杖をして、従業員に客への対応をテキパキとしている。ぼくは威勢のいいKさんが仕切る魚屋を通るたびに、えらいもんだなぁ(買わなかったけど)感心していたものである。だがぼくはKさんの行動にすこし違和感を覚えた。ときにKさんは松葉杖に重心を預けなくとも立っているんじゃないか? 魚屋なので仕事が終われば昼過ぎに上がって松葉杖を使って歩いて帰っていく後ろ姿をよく見かけたのだが、松葉杖自体を使っていないような歩き方だった。ぼくは不思議で、大徳寺前に構える、とある門前小僧なる(500円、ワンコイン)食堂のおかみさんに、Kさんについて訊いてみる。すると、魚屋の専務Kさんの意外な事実を知ることになった。とはいっても地元の人には割と有名な話だったそうであるが。こういうことだ。

Kさんは、京都市(あるいは京都府立大学医学部附属病院)の病院で腰(椎)の手術を受けたそうである。だが医療過誤だか手術自体の失敗だったかで、下半身が付随になった。最初は、寝たきりだったそうだが、車椅子までに回復した。それからKさんは病院と京都府(か市)を相手どり訴訟を起こす。民事訴訟だから結果は痛み分けなのか、ある程度の補償は受けたのかもしれない、細かな結果はわからない。だが、からだの回復に伴って、思わぬ進展(問題)が持ち上がった。

どうやらKさんは、時間が経つにつれ、次第に、足の方が寛解(完全寛解かどこまでかその真実は、Kさん以外にはだれもわからないだろう)に向かっているようなのだ。

ここで脊椎の外科手術の医療事故において寛解(かんかい)という言葉があっているかどうかはぼくにはわからない。が、Kさんの足の身体の能力が回復しているらしい、という。

では、もしKさんがすでに、京都府(市)や病院から補償をもらってしまったら、国からの補助金、障害者年金、などは返納するのか? あとKさんは法廷で近隣住民の署名集めまでして派手にやり合ったらしく、周りの「地元の住民の目」というのもあると思う。

「裁判ででるとこまででて、補償を勝ち取った。そこまではよかった。けれど今度は、時間が経つにつれて、補償の担保であるはずのからだのほうが治ってきちゃって、どうやら松葉杖が引っ込めなくなっちゃったみたい。事実がどうであれ、周りはどうしてもそんなふうにみえちゃうわねぇ」

門前食堂の女将さんは、いった。

まさに、男のプライド。である。

漁協の日高健治のモデルはKさんにしようと思った。

まだ本稿ではないが、日高健治のスケッチがある。

イヤホンを自慢している日高のほうはというと、彼は年嵩からいえば蒼ヰより十より上の地元の、元漁師だ。なにか海難事故だかで片足をうしなったのが原因なのか、本州へと北に抜ける国道ぞいに建ちならぶこの漁村の入り口ともいえる河口橋の手前に、でん、と居座るように、木板とトタンとをかき集めてこさえた、台風でもくればいつでもふき飛ばされそうな掘立てごやの実家をすて、市街地に移りすんでいた。日高は蒼ヰの直属の上司にあたる。
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そのアイデアが浮かんだのが、散歩のこの家だ。いまは東京オリンピックが終わった翌年の2022年である。

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1970年代〜の、中上健次か佐藤泰志かの純文学の路地裏の世界さながらである。

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この家のなかに、日高健治の両親が住んでいる。

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さて、妄想はたくましく。

じつは、写真を撮るのは本当に憚られた。

「写真、取ってんじゃねーよ!」とか誰かとびでてきそうな不穏な雰囲気もあった。

イタリアにいたときは、イミグレーションに書類を提出しにいくとき、途中にこのようなバラックの長屋の塊があって写真を取ったら、9歳くらいの男の子が荒屋から飛びだしてきてナイフで脅されたことがある。ナイフを突きつける割にはヘラヘラ笑っていたのが逆に怖かった。金を出せとか、そのカメラを寄越せとかじゃない。

「写真のデータを消せ」だった。

9歳の少年は強盗でもなんでもない。

「おれたちの家(プライベート)を撮るな」だった。

中国だったら、青龍刀で首を落とされるそうだ(上海のユースホステルで知り合った友人の話、内陸の山賊の話だそうです)。


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