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冒頭で出会うVol.23_母子家庭

 母のさけび声が聞こえ、その後に、一拍おかれて、ごん、とにぶい音が聞こえた。戯れあっていた僕と聖は条件反射的にうごきと、息をとめ、耳をそばだてた。母がいるキッチンから、油がはねるぱちぱちという音が聞こえてきた。兄はリビングで宿題をしているはずだった。

「から揚げだね。こんばん」

聖は、馬乗りになって僕を床に押さえつけた格好のまま、笑った。聖は僕よりも二歳も歳下のくせに僕をねじふせる力は強かったが、その顔は歪んでいて、声は震えていた。

「そうだね。から揚げだな」

僕の顔も歪んでいたと思う。キッチンからはおいしいから揚げの臭いが臭ってきた。


兄はリビングに倒れていて黒く濡れた頭部から血が大量に溢れて出、床は血の池になっていた。床に広がった兄の鮮血は、鏡のように天井のシーリングライトを映しだしていた。うつけた顔をした母は床に女座りしてべったりとつけた十部丈のレギンスに兄の血を吸わせ、ガラステーブルの四本の足が血の池にのまれていくのを見つめていた。僕は救急車を呼んだ。母は兄に付き添い、そのまままる三日のあいだ家に帰ってこなかった。


「兄の滝沢優弥はガラスのテーブルの角に頭をぶつけて頭を切って床が血の池になった。母滝沢京香のさけび声は、弟の滝沢翔太と滝沢聖の子供部屋まではっきりと聞こえた。それはどんな声だったのか。さけび声だったのか。怒鳴り声だったのか。兄の滝沢優弥はやめてとか弟の滝沢翔太に助けを呼んだりはしなかったか」という類の質問を、警察の人からなん度もされた。だけど僕も聖も、母のさけび声しか聞こえませんでした。ということしか答えなかった。あとは黙っていた。聖との口裏合わせはなかった。それがふたりの知っている事実のすべてだったから。


 僕も聖も母にたまに殴られた。蹴られたりもした。虐待だったのか、と問われたら僕はわからない。それはごくたまに、ウチに訪れて母の暴力を占領してしまう影だった。けどその暴力の影は母の意思から発したものではないと僕らは判っていた。かといってお化けや幽霊に憑かれたとかのカルトの問題でもない。いつもと変わらぬ青空に突如おとずれる雷鳴(そうだ青天の霹靂)だった。僕らはそんな母の暴力の影を自然現象として捉えていた。

母が警察に留置されていた間、玄関の郵便受けに封書が二通とどいた。一つは京都のおいちゃんからだ。それとは別に京都市役所からだった。








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