マイ・ドッグ
1
誰か、私の犬を見なかったか?
丸太のように大きく、立派な私の犬を?
その犬は力強い脚があって、
通りをマッスルカーのように駆け抜けた。
その鼻は常に真実を嗅ぎ分け、
嘘に噛みつき、憂いにも挑みかかった。
顔つきは穏やかで、無垢な心を持っていたが、
ある晩何者かが音もたてず、連れ去ったのだ。
それで彼らは、
蹴って、
殴って、
私の犬をどつき回したのだ。
2
誰か、私の犬の吠えるのを聞かなかったか?
犬が鞭を打たれ、苦しみにあげた鳴き声を?
個性的な尻尾を切られ、犬は吠えた。
弱者の声を拾う耳を削がれ、犬は吠えた。
素敵な色の目をくり抜かれ、犬は吠えた。
重たい鉛の首輪をはめられ、犬は吠えた。
シルクのような毛を焼かれ、犬は吠えた。
誰も手当しない傷に、犬は吠えた。
そうやって彼らは、
蹴って、
殴って、
私の犬をどつき回したのだ。
3
誰の目にも、私の犬は見えないという。
辺りが濃い霧に覆われているからなのだ。
その濃い霧は街中に垂れ込めている。
妻や夫、王妃や王の間に垂れ込めている。
濃い霧が通勤電車や、学校を飲み込んでゆく。
秀才や天才、嘘つきや愚者を飲み込んでゆく。
濃い霧によって、行き先も帰り道も見えない。
明日が晴れか嵐かも、誰にもわからない。
今も彼らが、
蹴って、
殴って、
私の犬をどつき回しているというのに。
4
ある人が私の犬を見かけたという。
犬はわびしい沼地をさまよっていたという。
その沼地では、子供たちが行方知れずとなり、
そこを通る者はみんな幽霊にたぶらかされる。
男はみんな裸で、女はみんないやらしく、
水を飲んでも、永久に乾いたまま。
その沼地は都会の真ん中にあり、
みんな詩を書く代わりに、同情を読み上げる。
そして彼らが、
蹴って、
殴って、
私の犬をどつき回していたという。
5
詐欺師が、私の犬を見つけたと現れた。
けれど連れてきたのは、ヒキガエルだった。
ヒキガエルは私の部屋を跳び回り、
私の太陽を舌で舐め、私の月を胃袋にいれた。
詐欺師は謝礼にと、私の財産をかすめ取り、
お祝いにと、私にパーティーまで開かせた。
弁護士に、「これはカエルだ」と電話すると、
「君は危険で、デマゴーグだ」と切られた。
その間も彼らは、
蹴って、
殴って、
私の犬をどつき回していたのだ。
6
私は犬と会えないさみしさから、
一匹の豚と暮らし始めた。
豚との生活も初めは順調だったが、
朝飯を共にするごとに、孤独感が増し、
毎日、私は友人を家に呼び、
重たい石のようなジョッキでビールを飲んだ。
すると酔った一人が肉を食いたいと言い出し、
彼らは私の豚をさばき、食べてしまった。
それでも彼らは、
蹴って、
殴って、
私の犬をどつき回していた。
7
私がついに犬との再会を果たしたとき、
犬は、古い歯車の一本の歯のようだった。
力強かった脚は弱り、すぐに折れそうで、
歩くときも、痛々しそうに引きずった。
真実を嗅ぎ分けた正義の鼻は、
嘘で詰まらされ、憂いに潰れそうだった。
過酷な体験から、顔つきは厳しくなり、
何を尋ねても、沈黙を返すばかり。
彼らは私の犬から尊厳を奪った。
彼らは私の犬から個性を奪った。
彼らは私の犬から名前を奪い、
彼らは私の犬に恥辱を与えた。
誰か、私の犬を見かけなかったか?
丸太のように大きく、立派だった私の犬を?
そうなのだ、彼らは、
蹴って、
殴って、
私の犬をどつき回したのだ。