ジャングルの王(リトル・ガール・ロスト)
昔々、インドのハルドワールにマハラジャがいた。
人々を恐怖で支配する横暴な王だった。
ある日、200人もの兵隊を引き連れて、
マハラジャはジャングルへと狩りに出掛けた。
村の人々はこの事態に慌てふためいた、
彼らはある一つの迷信を信じていたからだーー
「ジャングルの獣を人間が一頭殺せば、
同時に村人も一人死ぬ」という迷信を。
さて、村にはタラという娘がいた。
彼女は幼いながら森をよく知っていた。
毎日ジャングルを西へ東へ歩いて回り、
友達である獣たちと遊んで暮らしていた。
タラは、中でも一頭の虎と親しかった。
大きな虎で、たくましく、威厳があり、
沼を泳ぐワニも、翼で宙を舞うタカも、
彼こそ、このジャングルの王だと口を揃えた。
マハラジャの隊が小川のほとりに野営を組んだ。
夜明け前のこと、猿やリスもまだ夢の中。
マハラジャは象の背中からゆっくりと、
朝日で輝くジャングルを一望した。
村人たちは狩りを阻止しようと話し合い、
嘆願のための代表をマハラジャに送ると決めた。
しかし、誰一人その役目を買って出ない。
そんな中、タラだけが自ら進んで手を挙げた。
タラはジャングルを抜け、野営地に向かった。
沼からはワニが、空からはタカが見送った。
野営地に着くと、タラは兵士に声をかけた、
「村を代表して、お願いに参りました」と。
兵士はタラを、マハラジャの前に連れていった。
タラを見るなり、マハラジャは息を呑んだ。
「まだ若い娘なのに、なんと凛としたことか。
それにその容姿は世界でも稀に見る美しさだ」
「マハラジャよ、」タラは話し始めた、
「村人たちの恐怖は頂点に達しております。
私たちは皆、迷信を信じているのです。
どうか狩りをあきらめ、国へお帰り下さい」
「タラと申す者、お前の要求は分かったが、
私は狩りを取りやめるつもりはない。
しかし、どうしてもと言うなら条件があるーー
お前が私の側室となるならば、狩りは中止しよう」
マハラジャの条件にタラは戸惑った、
村人と動物を救うため、この身を捧げるとは。
タラは村人と協議するとマハラジャに伝え、
野営地を後にし、ジャングルに帰ってきた。
タラは悲しそうに、ジャングルに佇んだ。
虎が近づいてきて、彼女に寄り添った。
「おお、虎よ、この森の王よ、私は決めた、
あなたたちを守るため、この身を捧げると」
タラは村人に、マハラジャの条件を呑むと話した。
村人は自分たちの命が助かると大喜び。
早速タラに口紅を塗り、花嫁衣装を着せ、
白いベールを被せ、マハラジャの元へ送り届けた。
それを聞き、兄のラムダが村人に詰め寄った、
「極悪非道の王が、我が妹を妾にするだと⁉︎
あの汚い手に妹を触らせるものか!
俺が、妹の代わりに死を、奴にくれてやる!」
ラムダは村人の言葉など聞き入れず、
刀を握りしめて、村を飛び出した。
ジャングルを駆け抜け、野営地の近くに潜み、
兵士たちが眠りにつく夜を、じっと待った。
夜が深まり、月明かりのみが大地を照らす頃、
マハラジャは寝室でタラの顔を見つめた。
「おお、タラ、なんと神秘的な娘か、
野生的な顔の中に洗練された美が備わっている」
タラは涙をこらえながら、その声を聞いていた。
ついにマハラジャの手が彼女の体に伸びる。
その時、戸口に立つ人影が刀を振り下ろした。
なんとかよけたマハラジャは床に転げた。
「卑怯者!」マハラジャは叫ぶ、「名を名乗れ!」
「我が名はラムダ、よくも妹に恥辱を与えたな!」
「やめて兄さん、」タラは言った、「この方の、
手の中に森と村人の命運が握られているのよ!」
闇の中で、二人の男が睨み合う。
ラムダの刀とマハラジャの短刀が火花を散らす。
マハラジャが膝をつき、形勢はラムダに傾いたが、
異変に気づいた兵士たちが飛び込んできた。
これでは不利と、ラムダは外に逃げた、
「次は必ず仕留めてやる!」と彼は叫んだ。
「逃すな!」マハラジャは兵士たちに命令した。
タラは部屋の隅にうずくまり、泣いていた。
兵隊がラムダを見つけ出せぬまま、夜が明けた。
ラムダは勝手知ったるジャングルに隠れていた。
ついには、マハラジャ自らが先頭に立ち、
200の兵を率いて、ジャングルの中へ踏み込んだ。
「ザッ、ザッ、ザッ」兵隊の足音が響き渡ると、
ジャングルの獣たちは一斉に威嚇を始めた。
木々を揺らし、飛び交う無数の影に、
恐れをなした兵士の一人が矢を放った。
獣たちは容赦なく兵士たちに襲いかかった。
兵士たちも応戦し、血しぶきが森を染める。
ジャングルで、兵士が獣を一頭殺す毎に、
同時に村でも、村人が一人死んでいった。
一方、森の奥で、マハラジャは短刀を抜いた。
その目は一点、ラムダに向けられていた。
ラムダは腰を屈め、刀を握り直した。
二人は、一対一の決闘を始めた。
刃と刃の合わさる音が、言葉のように響き合う。
ラムダの刀が、マハラジャの左腕を落とした。
しかしマハラジャはその痛みを感じる前に、
ギラリと光る短刀で、ラムダの心臓を貫いていた。
獣にほとんどの仲間を噛み殺された兵士たちは、
ジャングルから逃げ出し、国へと帰っていった。
深手を負ったマハラジャは、森の奥に取り残され、
獣たちへの恐怖に錯乱状態でさまよった。
その時、マハラジャの前にタラと虎が現れた。
マハラジャはタラの足元で、命乞いをした。
タラは、マハラジャを見下ろすだけ。
そして、ジャングルの王である虎が話し始めたーー
「人間の王よ、
この世界で、最も利己的な種族の王よ、
無意味に生き物を殺す野蛮な種族の王よ、
安心せよ、どんなに小さな虫でも、
お前の肉を食べはしない。
食すには汚れすぎているーー
だから無意味に死ぬがよい。
この自然において、
権力になど何の価値もないのだ、
人間の王よ」
ジャングルには死んだ獣たちの屍が横たわる。
迷信通り、村でも村人の多くが死んだ。
タラは村を眺め終えると、虎と共に
森の中に消え、二度と姿を見せることはなかった。