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リトル・ガール・ファウンド

都合の良い幸運を持った女子大生が、
企業の陰謀を暴くという映画が製作される。
撮影期間は60日、製作費は1億にも満たない。
それが、この低俗な映画のすべて。

主人公を演じるのは、新人の女優で、
地元のダンスコンテストで優勝し、
スカウトされ、とんとん拍子で芸能界に入り、
1回のスクリーンテストで、主演を射止めた。

しかし、撮影ではここまで失敗ばかりだった。
セットの隅で、監督が彼女に檄を飛ばす、
「君は、事件の黒幕を追い詰めるヒロインだ。
役になりきるために、『自分自身を忘れろ』」

監督の掛け声と共に、撮影が再開される。
カメラが、大学の廊下を再現したセットを映す。
「教授」役の初老の俳優が、演技に集中する。
『老人と海』の舞台で、絶賛された名優だ。

「教授、」と呼び止め、近づくヒロイン。
彼女の隣には、ルックス抜群の若い刑事。
教授は、彼女が刑事と来たのを見て言う、
「私の本の感想を言う訳じゃなさそうだね」

「ええ、それに単位のおねだりもしないわ」
「そうしてくれた方が、女の子らしいが」
「あいにく私は、『他の女の子と違う』わ」
「それは『世界についての誤った解釈』だね」

そう言って、教授は「教室」へ逃げ込んだ。
彼女も後を追って、教室のセットに入りかける、
そこでカットーーのはずが、監督の声はしない。
辺りは、月面世界のように、静まり返っている。

彼女は、刑事役の共演者の方を振り返った、
しかし、俳優の姿はどこにもない。
彼女は辺りを見渡す。「教授」も、監督も、
スタッフも、カメラも、マイクすらなく、

ただ「廊下」のセットがあるだけだった。
板1枚の壁に、扉だけの架空の「教室」。
しかし、中に何かあるような気がして、
彼女が扉を開けると、赤い絨毯の床が見えた。

絨毯の先には、座席が段状に並んでいて、
奥には、幕が覆い隠すスクリーンがあった。
そこは、映画館になっていたのだ。
彼女は、夢でも見ている気分になった。

演技の緊張も忘れ、彼女が奥へと進むと、
座席に、ただ1人だけ、男が座っていた。
彼女は、赤い絨毯の階段を降りていき、
「ここはどこですか?」と男に尋ねた。

「これは失礼、あなたの席でしたか?」と、
男は礼儀正しく、立ち上がろうとした。
「いいえ、そうではなくて、」彼女は再び聞いた、
「これは、映画のセットの一部ですよね?」

「ここは映画を上演する映画館です」
「おかしいわ、そんなの台本になかった」
「まあ、お座り下さい」男は彼女に席を勧め、
「もうすぐ幕が上がります」と前方を向いた。

「とても不思議」彼女は座りながら言った、
「私、さっきまで映画の撮影をしていたのに」
「あなたは役者、『観られる側』の人なのですね。
僕は1人の観客、『観る側』の人間です」

場内の照明が落ち、幕が開き、スクリーンに、
近日公開の映画の予告編が、流れ始めた。
スクリーンに映る自分の姿を想像し、
「観られる側」とは何か、彼女は考え、尋ねた、

「人は…、役者の中に何を観るのですか?」
「観客は役者に、『詩情/イメージ』を観ます。
役者は自分自身ではなく、他人を演じます。
『他者』の中に『自我』を見出す訳です」

「自我を、何ですって?」彼女はさらに質問した。
「自我は個ではなく、世界そのものなのです」
「自我が…、世界?」彼女は怪訝な表情を浮かべ、
そのまま男を見つめた。男は穏やかに続けたーー

ーー「世界」は、「事態/事象」、つまり「出来事」の総体として、在ります。あなたの存在も、その出来事のひとつだとしておきましょう。そのあなたは、自身の思考と表現、つまり「言葉」の総体として、在る。その言葉を作るのは、あなたの「自由」です。その「自由」は、あなたの中の規律、つまり「ルール」が作ります。子供には、その「ルール」がありません。その代わりに、「無垢」という、自然の中に在るのです。成長して、「無垢」を忘れてゆく過程で、あなたは自分の「ルール」を作り上げていきます、あなたが「自由」であるために。一方、「現実」とは、イデオロギー、つまり「他人のルール」です。そして、「現実」は、あなたの「自由」と対立します。その「自由」と「現実」との対立を解消するために、あなたは「創作」します。つまり、あなたの言葉を、外へと出すのです。こうして、あなたは、「世界」に触れる。出来事の総体である「世界」は、物事と物事のつながりの場でもあります。そのため、そこには「社会性」が帯びていきます。その社会性と比較される形で、あなたは「個性」を手にします。社会性における個性、それが、あなたの「経験」のすべてです。その経験の総体こそが「自我」なのですーー

「ーーつまり、スクリーンに映るのは、本当の私」
そのとき、彼女の顔に、強い照明が当たった。
そして、スクリーンに映画のタイトルが映る、

『リトル・ガール・ファウンド』と。

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