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私の希望


いくらか「希望」はあるはずだ、
いくらかの希望が。
たとえば、ロープで木を伝うターザンのような、
マッチョな希望が、まだあるかもしれない。

どこかに希望はあるはずだ、
アフリカの「喜望峰」にまで目を向ければーー
もしかして、崖の斜面を滑り落ちている、
手つかずの希望が、まだあるかもしれない。

 ーーアルコールが切れて、眠れない夜、
 羊を数えたって無駄なのさ。
 君には、視点を変える必要がある、
 君の中の本当の問題を洗い出すための。

いくらか希望はあるはずだ、
いつでも、いくらかの希望が。
ドラッグで死んだりしない限り、
誰にだって、いくらかの希望が。


君の意思がインクの中で溺れている、
シンクに放置された汚れた食器みたいに。
自分の問題を後回しにするために、
君の詩を、その言い訳に使ってはいけない。

路地裏に、本当の「自由」なんてない、
腹周りには、要らない脂肪があるだけ。
時間の重要性に、もっと気を配らなければーー
時間の使用法こそ、人の心を自由にするのだから。

 ーー悲しいけど、命には限りがある。
 「人は座ったままでも歳を取る」、それが、
 「死」の意味ーー有限性が攻撃を仕掛けてくる、
 君の前方から、側面から、あるいは後方から。

君は、小さすぎず、または、
大きすぎもしないで、いつでも、
手探りで探すには、ぴったりの場所にいて、
そこには、いくらかの希望があるのだ。


自分自身をコントロールするんだ、
たとえば、君の本棚にある本を使ってーー
どんな言葉をも、顕微鏡で調べ上げられれば、
いくらかの希望が見つかるはずだ。

それで、何かしら希望が見つかったら、
君の「信仰」は、ローマ法王にも負けやない。
神のコンセプトを、逆に彼に説いてやれ、
「君の時間」を使って。

 ーー他人の主張に振り回されず、
 いつでも、自分自身を信じて。
 君の前にある鏡に映るその姿を、
 疑ったり、怪しんだりしなければ、必ず

ーーいくらか希望はあるはずだ、
いくらかの希望が。
たとえ世界が万華鏡のように疑わしくっても、
いくらかの希望があるはず。
そして、その「希望」の意味とは、

「汝、疑うことなかれ」。

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