旅の始まりと朝ごはん
LCCを利用する時、良い時間というのは大抵売り切れていて、余りものは出発時間が異常に早いか遅いか、まるで両極端なことが多い。
当時、大手航空会社を選べるほど金銭的な余裕がなかった私にとって、彼に会いに行く時の選択肢はいつも一つだった。
その日もGoogleマップで電車の時間を調べ、朝起きる時間を逆算しながら、迷わず早い時間をクリックする。
少しでも長く、少しでも多く会えるように。
前の日は絶対飲み会入れられないな、とか、飛行機の中は爆睡だな、とか、そんなことを考えながら、彼に「来月9:00に着くよ」とLINEを送る。
「了解」とあっさり気味の返信に「楽しみだねぇ」と送ると「楽しみだねぇ」と同じ言葉が返ってきて、何だい無精者、とむくれた矢先、無表情のクマがハートを抱えたスタンプが送られてきた。後出しジャンケンされたみたいで、少し嬉しい自分が悔しい。
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前日のうちに荷造りを完璧に終えると、その夜眠れなくなるのは私だけだろうか。
まるで次の日の遠足を楽しみにしてる子供みたい、なんて微笑ましい気持ちが1割、ただただ明日への負担を想像して恨めしい気持ちが9割。せっかくの時間を寝ぼけ眼で過ごしたくないのに。
落ち着かない心拍とやけに鮮明な頭に気づかないふりをして、私は無理やり目を閉じる。
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朝の5時、まだ薄暗く、しんと冷えた街を、キャリーケースの音を響かせながら一人で歩く。スッピンの上からマスク。化粧は空港ですると決めている。会うまでに崩れてしまっては嫌だから。
チェックインを済ませて落ち着いたところで、空港のコンビニで朝ごはんを買った。プレーンベーグルと野菜スムージー。旅のお供にチョコレート。
空港では駅弁ならぬ空弁が売っているけれど、安上がりなコンビニで十分。どうせ使うお金なら、二人一緒の時に使いたい。
空いている椅子に腰かけて、ビニール袋を覗き込む。よく考えたらベーグルと野菜スムージーなんて、ちょっと気取った組み合わせを無意識に選んでいるあたり、私もなかなか浮かれている。
彼に会いに行く道のりは、なんだっておいしく感じられる。
お腹を満たしたらあとは乗るだけ。そう思ったら急に安心して眠くなってきた。合流したら最初に空港のカフェへ行こう。キリッと濃いブラックコーヒーは眠気を一気に覚ましてくれるはず。
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お別れの空港では家族連れやカップルばかりがやけに目につく。
昔は辛くて悲しくて、彼に甘えて気持ちをぶつけていた時期もあったけど、その時間すらもったいないと気付いてからは、ギリギリまで楽しく過ごそうと決めている。離れることはどうせ変わらない。悲しむ時間は一人になってからたっぷりある。
お土産屋さんを覗くかたわら、夜ごはん用に見栄えが良くておいしそうなお弁当を買った。ちょっと奮発してしまったけど気にしない。
腕にぶら下げたお弁当の重さは、食べることが大好きな私の気を少しだけ紛らわせてくれた。
保安検査場の締切時間が近づいてきて、じゃあまたね、とゲートの向こう側へ足を進める。
最後に一回だけと振り返ると、そこにはまだ彼がいて、小さく手を振る視界がぼんやりと滲んだ。
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また一人になったなぁとぼそぼそ食べる華やかなお弁当は、彼まで続く道すがら食べたベーグルに比べてずっとずっと味気ない。
機体が滑走路を走り始める。直後訪れた浮遊感で、眠れなかった一昨日の夜にはもう戻れないことを実感する。
暗闇の中で街の光が遠のいていく。
いつか、二人一緒に家を出て、同じ家に帰ってきて、買ってきたお土産を一面に広げる、そんな未来を想像しながら、私はゆっくりと目を閉じる。
fin
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楽しみは最高のスパイス。
(副作用にご注意ください)