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心残りをひとつ消化した話


先日、以前通っていた美容室の担当の方に、2年越しの挨拶とお礼を伝えることができました。

その方にお世話になったのは、今住んでいる所に移る前の約3年間。
最後に会ったのは2年前の2月で、もうこの頃には翌月の引っ越しが決まっていたのに、どうしても今日が最後だと言い出せず、結局それきりになってしまっていました。

なぜ、あの時言い出すことができなかったのか。

今となっては記憶も曖昧で、思い出せるのは今まで一切彼氏の話をしなかったのに、いきなり結婚のために引越す話をするのが恥ずかしくなったとか、その日他のスタッフの方も交じえてすごく楽しい時間を過ごせたのに、その時間が「今日が最後」という言葉によって、寂しい思い出に変わってしまうのが嫌だったとか、そんな小さなことだったと思います。

よく小説や漫画で、会うのはこれが最後だと分かっている人が、そのことを顔にも素振りにも見せずに相手と過ごして、別れた後に初めてこれが最後だったと気づかせるシーン、あるじゃないですか。
言えなかった側にも事情があるのは分かるけれど、もう少し他にやりようがあったんじゃないか、と彼らをもっぱら批判的に見ていた私は、この時少しだけ置いていく側の気持ちが分かった気がしました。

さて、そうは言っても、後から私はこの時の行為をすごく後悔しました。
正直、最初のうちは相手にとって私はただの一顧客で、私が行かなくなってもそこまで気にしないだろうと思っていました。
それは違うかもしれない、と思い始めたのは、最後に訪れてから4ヶ月経ち、某予約サイト経由でメッセージが送られてきた頃に遡ります。

それはよくある大多数向けのダイレクトメールではなく、以前私が勧めた観光地グルメを食べに行ったこと、最近見ないことに対しての気遣いが書かれた、紛れもなく私だけに向けたメッセージでした。
今まで沢山の美容室からメールを受け取ってきましたが、そんなメッセージをもらったのはこれが初めてでした。

もしかするとこのままでは、私が行かなくなったのはお店が嫌になったからと思われるんじゃないか。……本当は大好きなお店なのに、そんな風に誤解されたくない。

身から出た錆。自業自得。
私は急に取り返しがつかないことをした気持ちになって、せめて弁解のメールを返そうとしました。けれどネット上ではどんなに探しても送信用のアドレスを見つけられず、だからといって直接電話をかける勇気もなく、そのままコンタクトを取るのを断念してしまいました。

それから半年後にもう1回だけメッセージを受け取りましたが、結局何のアクションも起こせず……私は胸に引っかかる罪悪感に目を背けて、少しずつ過去の記憶に蓋をしようとしていました。

✴︎

そんな折、自粛ムードが世間を覆い尽くす中、1件のメッセージが届きます。美容室の担当の方からでした。
そこにはこの状況下で皆を元気づけようとする言葉が綴られていて、私個人に向けたメッセージではなかったのに、読んだらどうしようもなく胸が疼いて悲しくなりました。
結局私は自分の行為を忘れることができなかったのです。そして、この心残りと向き合わない限り、後悔はいつまでも胸の奥で燻り続けるのだとようやく理解しました。

それではどうすればいいのか。
やはり電話をする以外方法はないのか。

その時、ふとFacebookの存在を思い出ました。急いで担当の方の名前を検索します。いくつか出てきた候補者のページを開き、中身のチェックを繰り返すうち、ついにその人のアカウントが見つかりました。

2年前の客からいきなりコンタクト取られたら、気味悪く思わないだろうか…と、友達申請をするのには少し時間がかかりましたが、勇気を出してリクエストボタンを押しました。
その日の夜はそわそわして落ち着きませんでした。夜中に何度も目が覚めて、その度にスマホの画面を確認してしまうほど…

リクエスト承認の通知が来たのは翌日の午後でした。私は時間を置かずに、最終日に挨拶できなかったことへのお詫びと通えなくなった理由、3年間お世話になったことへの感謝をメッセンジャーで送りました。

返事は1時間も経たないうちに来ました。

碧衣さん
友達申請すごく嬉しかったです。
僕も楽しい時間をすごさせていただきありがとうございます。
僕が勝手に思ってたのですが
碧衣さんとは
いろいろなお話しできたし
悩みとかも言ってくれたりしてたので
お客様じゃなくて
友達みたいな感じでいました^_^
(中略)
何よりメッセージくれたことが
すごくすごく嬉しいです。
コロナ大変ですが
頑張りましょうね^_^
そして結婚おめでとうございます。
僕もとっても嬉しいです。

この返信を読んだ瞬間、ずっと抱えていた重苦しさがぱぁっと晴れた気がしました。
今までこの方法を思いつかなかった自分に少し呆れましたが、それ以上にようやく思いを伝えられた安堵感、それが伝わった喜びに、これまで胸の奥に抱えていた後悔の燻りがゆっくりと消えていくのを感じました。

✴︎

今回は、もう一度繋がるきっかけと悩む時間を何度ももらい、相手の優しさにも救われたことで、このように穏やかな結末を迎えることができました。

ただ、そもそも私が最後の日に、「今の場所から離れることで、相手の姿が見えなくなったとしても、相手の生活はこれから先も続いていく」ことについて、もっと「想像」を巡らせてーー何も言わずに私がお店に行かなくなったら、担当の方がどう思うかまでよく考えてーー行動していれば、ここまで話が拗れなかったのは事実です。

あることをしたら、もしくはしないまま離れたら相手はどう思うか、何を感じるか、相手が進んでいくその先を「想像」して、相手に自由な感情、行為の選択肢を残しておくこと。きっとそれが、いなくなる側が相手にできる精一杯の誠意なのかもしれません。

私はこの一件を綺麗な思い出として胸にしまって、いつか忘れるようなことはしたくありません。
また同じことを繰り返すことのないよう、当時の胸の痛みや後悔をずっと覚えておきたいと、そう思っています。

嬉しかった気持ちはそのままに、もちろん反省はしっかりして。


今度こっち来る時はお茶しにきて、という言葉に甘えて、落ち着いたら大阪のお土産を片手に会いに行こうと思ってます。

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