ブロッコリーのおいしい食べ方 ♯同じテーマで小説を書こう
ーーあ、
「捨てちゃうんだ」
これ、と切り離されたブロッコリーの茎を指差すと、彼女はこともなげにうなずいた。
「だっておいしくないでしょ?皮が固いし見栄えも微妙だし」
皮、とは茎の表面のことを言っているのだろうか。それなら包丁でそこだけ削ぎ落とせば、十分やわらかく食べることができる。
「そっか」
一瞬頭に浮かんだことを飲み込んで、ぼくはリビングに戻った。下ごしらえについて話しても良かったが、それで彼女の機嫌を損ねるのは本意じゃない。
付き合って3ヶ月の彼女は、彼氏に料理を作ることを自分の大事な仕事だと思っている節がある。作る相手からの口出しをあまり好まないらしいのは、料理中何度か話しかけるうちに学んだ。
一人暮らしで普段から適当なものしか作っていない自分には、彼女が料理一つにそこまでこだわる理由が分からない。
もちろんわざわざ波風立てるつもりはないが、自分も日常的に自炊していることは、今もなんとなく言いそびれている。
✴︎
時計の針が12時を指し、午前の仕事が片付いた者からパラパラと席を立ち始める。
打っていたメールを送り、不要なウインドウをいくつか閉じて一息つくと、何人かに昼を誘われたが今日は弁当があると断った。
「きれいな彩りのお弁当ね」
湯気が立つマグカップをすすりながら、隣の席の先輩がのぞき込んでくる。
家に泊まった次の日、ぼくの彼女は大抵お弁当を持たせてくれる。実際外食より手作りの方が好きなので、いつもありがたく受け取っている。
ありがとうございます、とお礼を言って改めて弁当を眺めると、プチトマト、卵焼き、エリンギと牛肉の炒め物、そして昨日茹でたブロッコリーと、色鮮やかなおかずが箱にぴっちりと詰まっている。
自分で作ったら肉だらけの茶色い弁当になりそうだな。
そんなことを考えながら、ふと他の人の弁当が気になり周囲を見渡すと、ちょうど先輩が緑の直方体を口に運ぶところだった。
「……今の、ブロッコリーですか?」
「そうよ」
昨日皮が固くて見栄えが悪いと捨てられてしまった茎の部分だ。こちらから聞いたのに、つなげる言葉が見つからず黙っていると、気にもせず話を続けてくれる。
「どうしても茎の部分ばっかりになるのよ。ほら」
そう言って見せてくれた弁当は、三割がた等分されたブロッコリーの茎で埋まっている。
「子ども達にね、毎日お弁当を持たせてるんだけど、今ひとつ他のママみたいにセンスがないのよね。キャラ弁とか全然ダメで。でもブロッコリーの葉の部分って傘みたいでかわいいじゃない?」
子ども達の喜ぶ顔が見たくて、つい入れちゃうのよね、と楽しそうに笑う先輩に、ぼくもなるほどとうなずく。その代わり、残った茎は彼女の弁当に収まるというわけだ。
「でも私は茎の部分好きよ。一度茹でてから豚肉やベーコンを巻いて焼いたりしてもおいしいし」
それはおいしそうだと想像しながら、再び自分の弁当に視線を戻す。
ブロッコリーの小さな傘が映える、きれいに形作られたその箱は、まるで彼女の作品のように思えた。
なぜか見栄えを気にしていた彼女と目の前の整った弁当が重なり、色々と気にかけてくれていたんだなと、その思いを汲み取りきれてなかったことに気づく。
ーー次にブロッコリーを買った時は、教えてもらったレシピについて話してみよう。
切り捨ててしまった茎と同じように、多分ぼく達の間には避けて目を逸らしたままの話がたくさんある。
話をされた彼女はまた口出されたと拗ねるだろうか。ぼくもまたいつも通り面倒くさいと思ってしまうだろうか。
そうだとしても、
(止めないでみる。聞いてみる。言ってみる)
(ぼくだってきみの思いに気づきたいし、応えたい)
(何よりも、きみにちゃんとお礼を言いたい)
ーー全部これから。
そして、昨日茹でたとは思えないくらい瑞々しい緑の傘を、ぼくは口の中に放り込む。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
最後まで読んでいただきありがとうございます。
(大丈夫かな…レシピ目当てでこの記事開いちゃう人いないかな…)
この度杉本しほさんの企画「#同じテーマで小説を書こう」に参加させていただきました。
無意識にすれ違う二人が向き合い始める話を描きたくて、ブロッコリーにはそのきっかけになってもらいました。
ブロッコリーはシンプルにマヨネーズをかけて食べるのが好きです。
よろしくお願いします。