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戦乱の刃 咲き誇る花々 第9巻

※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。


 平家による源家への夜襲は、中心人物の事前対策により小事に終わる。死者はでず、彼らは今、明心(あこ)を含めて治療を受けている。
 なお、たけは部屋に軟禁状態となり、薬右衛門(やくえもん)は牢へと幽閉された。
 怪我人が動けるようになるまで数週間。一番怪我の酷い者でも、支えがあれば歩けるほどになった頃合い時。
 関係者は謁見の間の前に広がる庭に集められ、周囲を源家の武士が固める。薬右衛門と明心は縛られ、一番前で正座していた。
 当主一族は建物側に鎮座しており、たけは縁側に座っている。服装は普段の小袖の格好をして頭を下げた状態だ。
 当主の源定光(みなもとのさだみつ)は、
 「面を上げよ」
 たけをはじめ、うつむいていた平家側の人間は、頭の位置を通常の場所に戻す。
 しかし、視線は下をむいたままだ。
 「協議の結果、その方らを罰する事となった」
 明心以外の表情は変わらない。
 「お、お待ち下さいっ」
 勢い良く頭を下げた、たけは、
 「どうか、この者達をお見逃し下さい。私を連れ出せと指示した、私の責任でございます。私の首を差し上げまする。どうかこの者たちをお助け下さいませ」
 「なりませぬ、姫様。貴方様の命と我らの命では釣り合いませぬ。定光殿、此度の事はわしが仕組んだのだ。わしは構わぬ。だが、せめて姫様と明心にはご慈悲を」
 「おや。言っている事が違うのう。どちらが誠か」
 半笑いしながら、扇子を動かす定正(さだまさ)。
 「本来、私は死んでいる身。今更命などなくても構わん。お前達は静かに暮らせ」
 「何を仰いますか。ここで貴方様を失う訳には参りませぬ」
 「例え助かったとて、私にはもはや、お前達を養う力はない。これで良いのだ」
 「あ、姉貴っ」
 「巻き込んですまんな、明心。達者でな」
 立ち上がろうとする義弟は、武士によって抑えられてしまう。他の者たちも同様であった。
 「放せ放せ、放しやがれっ。姉貴、駄目だって。考え直せよっ」
 「これしか道がないのだ。許せ」
 「ふむ。姫の覚悟、しかと受け止めた。では姫に責任を取って貰うとする」
 「有難き幸せ。定光殿、感謝申し上げる」
 「畜生、放せっつってんだろっ」
 暴れる明心や悔しそうに拳を落とす者、落胆のあまり言葉が出ない者などを見る、定光。
 「良き郎等達だな、姫」
 「はい。幼い頃より仲良うしてくれました」
 目を細める定光。
 「互いを想う気持ち、見事だ。死なせるには惜しくなる」
 同じく視界を狭めた定正。しかし口元は、開かれた扇子で隠されている。
 「姫はまだ若い。なれば世継ぎをもうけて貰おう。相手は次期当主の光正だ」
 「なっ」
 「お館様」
 「この者達は姫に生きて欲しいと願っておろう。そなたもだ。それに、仇の子を産むなど、武家の姫としては屈辱だろう。これ以上の罰があるか」
 「お館様。お言葉ですが」
 「黙れ光正(みつまさ)。これは命令じゃ。いつまでも正室も側室も迎え無いからこうなるのだ」
 「っ」
 思わず右手に力が入る次期当主。なお、定光の斜め右にいる兄の定清(さだきよ)は、ずっと目を閉じたままだった。
 「良いな、たけ姫よ。その身を以って罪を償うが良い」
 「承知、仕りました」
 両手をふるわせながら、頭の前に置くたけ。その様子を、光正は眉をひそめながら横目で見る。
 「その方らには田や畑を耕して貰う。妙な事をすれば、分かっておるな」
 無言で睨む、平家の者たちと明心。
 「姫よ、そなたもだ。妙な事をすれば、この者たちの命は無い」
 「はい。り、立派なお世継ぎを、産んで、みせましょう」
 姫様、という嘆きの声が聞こえる中、審議の場は解散となる。
 平家側が全員退場すると、定光が、
 「うめ。しかと見張れ」
 「畏まりました」
 「父上、せめて時間を置いて」
 「いい加減にせぬか。お前が次期当主になるのは、昔から決まった事ぞ。いつまでも我が儘を通せると思うな」
 「若が良く市へ出掛けていたのは、たけ姫を探す為だったのだろう? 偶然を装い、気に入ったからと連れて来る算段か」
 口元を歪ませながら話す、定正。何とも楽しそうである。
 「お前、いつから知っていたのだ」
 「気づいたのはたけ姫が来てからですよ、定清兄上。それに、まだ戦場に慣れていないとはいえ、元服時に贈られた太刀を無くすなど、あり得ますまい」
 何かあるなと思うておりましたがね、と優雅に話す定正に対し、定清は呆れかえる。
 「小田山軍討伐に私がいたのが運の尽きだったな。もっと早く連れて来れば、互いの心を交わせたやもしれん」
 我らも待っていられる歳でも無い、と続ける色男。何も言い返せない甥を見、扇子を閉じる。
 「平家らを見張る人員を割かねばならぬ故、これにて御免」
 と、一礼をして立ち上がると、足早に庭へと降りる。
 その間、うめが定清に近づき、
 「定清。そなたの所の人員、少々こちらに回せるか」
 「わし自ら行く。心配するな」
 「そうか。助かる」
 「光正よ、心中察し余る。だが、お前が源家の為を想うなら、分かるな」
 「は」
 「ならば、良い」
 力弱く返答する光正。たけが生きている、という事自体が、彼の罪にあたる。一礼をした定清は、ふう、と小さく息を吐くと、準備の為に退出。
 「事はすぐに知れ渡ろう。心乱すで無いぞ。武士として恥じぬ生き方を教えたつもりだ」
 「心得えております。御前、失礼致します」
 一礼をして寝殿へ戻る光正。その背中を、表情を変えずに、父は見送る。
 「うめ、あれを頼むぞ」
 「うむ。そうじゃ、小田山が村山と接触したらしい」
 「肝に銘じよう」
 一礼をしたうめは、ゆっくりと退出する。
 眉間に手をあてた定光は、
 「厄介な事にならねば良いが」
 憂いをもちながらも、一人息子が気がかりで仕方がない父であった。
 その日の夜。うめが光正ののふすまを開ける。
 「たけ殿の準備が整いましてございます」
 「そう、か。うめよ」
 「はい」
 「そなたがたけの立場なら、どうする」
 「恩に報いるでしょう。ですが、私の様な下の者では、姫君の御心をはかりかねまする」
 たけの部屋へと続く、ふすまを見る光正。少々悲し気な顔は、少ない月明かりでより一層深くなる。
 「意外と落ち着いておられましたぞ。覚悟を決めたのでしょう」
 「なら、応えなければならんな」
 「そう、してやって欲しい。力の無い者の嘆きは、知っていよう」
 「あの方はご立派な志をお持ちだった。決して弱くは無い」
 す、と立ち上がった光正は、仕切りの前に立ち、入るぞ、と口にする。
 開けた先には、畳の上で簡素ながら白い婚礼衣装に身を包んだ、たけが正座をしていた。
 せめて、晴れの舞台で見たかったな。
 静かに、ふすまを閉めた男性。ゆっくり歩いて、姫君の前に座ると、女性はゆっくりと両手をそろえてお辞儀をする。
 同じ速度で上げられた姿は、普段の気の強さは見られず、淑やかさで包まれていた。
 「ふ、不束者ですが。宜しく、お願い致します」
 「たけ。本当に、良いのか。好いた男がいるのではないのか」
 たけはまつげを下げるも、
 「その様な殿方はおりませぬ。愚かにも復讐心で一杯な未熟者でございました」
 す、と両指をそろえ、
 「本来ならば、救われた事を感謝して生きなければならなかった。そうしなかった、私への罰でしょう」
 「罰、か。分かった、こちらへ来い」
 光正がたけの手をとり抱き寄せようとした。しかし、たけは思わぬ行動にでる。

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