戦乱の刃 咲き誇る花々 第8巻
※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
満月が輝く夜。源家の門に少々緊張が走っている。次期当主の光正が、愛用の槍をもってやってきたからである。
「叔父上からの指示はあるか」
「は。実は、集団が現れたら慌てるふりをして通せ、と」
「なら良い。全員入れたら閉じ込めよ」
「畏まりました」
先日、うめからもたらされた報によると、武装した名もない集団がこの館周辺や土地を嗅ぎまわっているという。だが、野盗類ではないのは、民衆の態度から明らかだった。たまに買い物をするぐらいで、手はだしてはいないからだ。
また、以前蹴散らした小田山軍とも異なる。統率がとれている動きは、武士のそれそのものと感じる。
この辺りで潜伏しているはぐれ武士といえば、平家側の一族の可能性が一番高い。この地方では源氏側の力が強くなりつつあり、平家は徐々に追い払われているのが現状だ。
入り乱れている今の世、平家側の人間がどうにかして源氏の力を削ごうと画策しても、何らおかしなことではない。
とはいえ。六年前に完膚なまでに叩き潰した連中が、再度立ち上がるだろうか。余程の気骨ある人間でないと難しいだろうが。
しかし、あの女や遣いの武士が良い例か。
光正(みつまさ)が歩きながら考えごとをしていると、伯父の定清(さだきよ)と出会う。
「起きておられたか」
「妙な胸騒ぎがしましたので」
「ふむ。若様の勘は鋭いですからな」
周囲には、緊張な面持ちをした武士が、見張りをしている。
「伯父上はどうなされたのです」
「若様と同じよ。お館様には指一本触れさせぬ」
「なればこの光正、お館様の刀となりましょう」
「心強い」
定清は甥と距離をつめ、
「定光からの伝言じゃ。お前の好きにせよ」
「宜しいのですか」
「危険と判断したら定正(さだまさ)が止める。何、いつも通りだろう」
年配の男性は、そのまま庭へとおりる。駆け寄ってきた細身の武士から話を聞くと、光正に、
「薬も兵糧も十分ございます」
「承知致した。前線は任されよ」
後方の憂いが消えた将は、兵の配置を再確認した。
一方、寝殿にて。
ただならぬ雰囲気に気づき、目を覚ましたたけは、庭におりていた。
物々しい感じがする。何だ、これは。
「姉貴」
後ろから声に、たけは思わず身構える。主の顔を見るとすぐに構えをといた。
「こんな夜分にどうした」
「姫様、ご無礼をお許し下さい」
薬右衛門(やくえもん)から発せられた単語で怪訝な表情をする、たけ。こんな初歩的な過ちなど、彼はしない。
二人はたけに近づき、
「ここから脱出しましょう。今なら光正殿はおりませぬ」
「どういう事だ」
目を閉じた薬右衛門は、
「姫様の御心、察するに余りありまする。しかし、お館様やご子息様を想えば、ここにいる訳にはいきますまい」
「何を言っている。ここから出てしまっては仇討ちが出来くなるではないか」
「そんなに大事なのかよ、仇討ちや誇りがさ。死んじまったら何にもならねぇのに」
「武士では当たり前なのだ。何の理由もなしに家人の一族を滅ぼすなど、犬畜生にも程がある」
「諦めなってば。おれたちだけじゃ難しいよ」
「なればお前達だけで逃げよ。私は残る」
「そういう訳には参りませぬ。姫様さえが生きていれば、我らが一門滅ぶ事無し」
失礼仕る、と薬右衛門は力ずくでたけを抱えた。
「何をする。下ろさんかっ」
「明心。先導を頼む」
「おやおや、これはこれは。三角、いや、四角関係かね」
じゃり、とわざと足音を立てる、刀を手にした定正。対角には、見知らぬ青年が現れる。
「薬右衛門。やはり繋がっていたか」
「くっ」
「繋がっていた? どういう事だっ」
「個人的には責める気は無い。そなたらの忠誠心、誠に天晴」
「ま、まさか」
「明心」
「おう。定正のおっちゃん、悪ぃな」
短刀を手に定正に飛びかかる明心。定正は目つきを変えると、一閃を浴びせた。
明心はとっさに体の重心を後ろにやり回避する。舌打ちをすると、低い姿勢で突撃した。
途中で軌道を変え明心が左側から攻撃をしかけるも、定正は一歩後ろに下がってかわす。刀を返して少年を斬った。
背は彼の肋骨を薙ぎ払い、そのまま吹き飛ばす。
「っ、てぇ」
「ふふ。自慢話も嘘では無かっただろう」
「くっそ、が。おっさん、おれはいいから姉貴を早くっ」
「す、すまぬっ」
「ま、待て、薬右衛門。明心っ」
走りだした武士を追いかける見知らぬ青年。明心がどうにか立ち上がり阻止しようとするも、定正に邪魔される。
「っとに腹立つな、あんた」
「ふふふ、元気で何より。だが、今回は少々やり過ぎだ。お仕置きが必要だな」
返した刀をそのままに、現当主の弟は、先程よりも速い斬撃を何度も加える。
もはや明心は避けるのが精一杯になっていた。
後ろがなくなった少年は、普段と違う軽薄男を、思わず見る。
「戦場は子供の遊び場では無い。良く覚えておけ」
動けなくなった体の横側に、生まれて初めて感じた強打。あまりの痛さに、明心は気を失う。
「済んだか」
「こ奴には生きて貰わなければ困るのでな」
「ここは私に任せよ。あちらは上手く誘導出来たようだ」
「流石だな。はてさて、光正はどう動くか」
「まだ腰が引けておったぞ。お前が後押ししてやれ」
「やれやれ。手の掛かる甥っ子殿だ。私の爪の垢でも煎じるか」
「光正が汚れるわ」
「女性を侍らせたあ奴を見るのも一興だろう」
「ただの頭痛の種ぞ」
「ふふふ。おっと、そろそろ頃合いか。後でな、うめよ」
「うむ」
光正の乳母の隣に、す、と、もう一人の青年が現れた。明心を抱えると消え、すぐさま定正だけになる。
刀を定位置に返すと、色男は薬右衛門が走り去った方向へと歩いていった。
定正の視界には映っていないが、その先には、たけを抱えて走る薬右衛門がいる。
「下ろさぬかっ」
「その命を聞く訳には参りませぬ」
よく伝令に走っていた男の脚力は、女の足よりはるかに速い。追ってきた自身より若い青年をまいてしまえる程だった。
館の入り口近くまでくると、何十人もの男衆が集まり、光正と対峙していた。
後ろのほうにいた一人の男が、
「来られたぞっ」
先頭から、
「よし。皆の者っ。門を開けさせ光正を抑えるのだ」
「おおっ」
揃った声の主たちは、事前に与えられた役目をまっとうするために動いた。敵将には刀をしまった十数人で取りおさえ、門番を蹴散らした武士ら数人が門を開ける。
「うっ」
彼らが目にしたのは、松明をともした源軍の面々。幾重にも武士が並んでおり、頭を飛び越えられなければならない。
さしもの薬右衛門も、足を止めざるを得なかった。
「鬼ごっこはどうだったかね」
と、笑いながら定正が声をかける。一気に血の気の引いた平家兵は、その場で立ちすくんでしまう。
たけの顔も真っ青になっており、
「あ、あこ」
「坊主、すまぬ」
後方で大きな音がしたかと思えば、光正が駆け寄ってきた。地面には、兵たちが全員、横たわっている。
「さあ。皆でじっくり話し合おうかではないか。のう、若様」
「ええ。まずは全員捕らえましょう」
「お、お待ちを。皆を、どうするおつもりか」
「それはこれから話し合う。お前はこちらに来い」
ぐい、と、たけの腕を引っ張り、光正が代わりに抱える。
はっとした薬右衛門が柄に手をかけるも、定正の刃が彼の首筋にあたる。
「大人しくせねば、たけ姫の命は無い」
「ぐ、う」
「物分かりが良くて助かるぞ。後ろにいる者達も倒れている同胞と合流せよ」
有無を言わさず言う事を聞かせるのを見た光正は、たけを連れて寝所へと戻っていった。
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