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戦乱の刃 咲き誇る花々 第2巻

※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。


 合流した小山田軍は、出撃直前にも関わらず軽装な女武士がきたと、意気揚々と話している。勝利は当然、といわんばかりの騒ぎであった。
 謎の高揚感からさけるために、たけは軍の端っこに身をよせる。
 「あ、いたいた」
 たたた、と駆けよる明心(あこ)は、軍が楽観的な理由を調べてきたという。
 どうやら、規模が大きい故の勝利確信らしい。兵の数は数千人おり、対して源家は数百人ほどしかいないという。
 「圧倒的じゃん。何をそんなに心配してんの」
 たけは静かに目を閉じると、見れば分かる、とだけ口にして、水を飲む。
 元々慎重な性格をしているのを知っている明心だが、相手がいかに強敵で仇であるとはいえ、あまりにも警戒心が強いと感じる。
 「そろそろ出るとみたいだから、準備しとこうよ」
 「分かった。薬右衛門は」
 「おっちゃんなら前線にいる」
 「よし。明心、何度も言うが、危なくなったら逃げるのだ。良いな」
 「わかったってば。心配しすぎだっつーの」
 しつこさに腹がたった明心は、思わず声に力が入ってしまう。
 だが、未経験者というのは、経験者に比べて詰めも甘ければ対策も立てられない。たけは相手が相手だけに避けたかったのだが、逆に恐怖を覚えて戦線離脱を考えるかもしれないともよぎったのである。
 もっとも、新参者だからこその発想も生まれる、といえばそうなのかもしれない。だが、そういえるのは、あくまで安全圏内での話だろう。命がかかる出来事に関して楽観的に取り組む阿呆はいない。もしいたとしたら、しょせん他人事と思っている外道、鬼畜と呼ばれる人の皮をかぶった悪鬼ではなかろうか。
 源軍が出陣したと、薬右衛門が走ってくる。ゆっくりと腰をうかしたたけは、最後尾について隙を狙うと口にした。
 「ひ、いえ、たけ様。見事仇を討った暁には」
 「ああ。平穏な暮らしをする。どこかの村に行き畑を耕して、な」
 「お約束ですぞ。お忘れ無きよう」
 頷く、たけ。もはや民と変わらぬ自分に対ての心遣いは、とても感謝していた。
 軍列の最後に移動した三人は、先頭が参戦したらすぐ前に回りこめる位置につく。そして、源軍との接触を待った。
 一刻後、ついに最前線が戦場と化する。
 「急いで移動するぞ」
 「えっ。まだはじまったばっかじゃん」
 「奴が先陣を切っているならすぐに落ちる」
 薬右衛門は黙って主君に従い走りだしていた。
 明心は横目で軍を見ていたとき、ある一ヶ所にいる敵将の頭と槍が目に飛びこんできた。ゆうに頭二つ分ぐらいは飛びぬけていそうなほどの、巨体である。突出している場所から、人らしき姿が上空へ舞っているのも映った。
 見たこともない光景に思わず足がとまりそうになる少年。しかし、ほかの二人は構わず走り去ってしまう。
 慌てて追いかけると、いつの間にか前線の角まで移動していた三人。たけは刀を抜きながら、
 「後ろからとは武士の恥だが、形振り構っている場合でもない。薬右衛門、行くぞ」
 「はっ」
 「明心、お前は隙を見計らえ。無理そうならそのまま逃げよ。良いな」
 「わぁったよ」
 いい加減にしろよ、と文句をいいたかったが、周囲の喧騒と女性の表情がそうさせなかった。
 だが、明心は阿修羅の化身の意味をはき違えていたと思い知る羽目になる。
 源軍は巨体の男を先頭に脇を固めており、軍全体が槍の矛先のように前へ前へと進んでいく。まるで鎌で稲を高速に刈り取っていくかの如くの速さであった。
 「薬右衛門」
 「お任せ下さい」
 女性の前にでた男は、先頭付近の兵に攻撃を仕掛ける。たけも一歩遅くしかけ、大男の隣にいた兵を倒すことに成功する。
 勢いついていた源軍の後方は突っかかってしまい、次々と転倒していった。
 異変に気づいた大男は、驚いた顔を左側に向ける。たけはすかさず切りかかっていた。
 「もらったっ」
 目を細めた男は、野太刀を槍の刃で受け止める。しかも、右腕一本で、だ。
 「ほう。女、いい腕をしているな」
 槍を下げると柄の部分でたけの腹部を強打する。思いもしなかった衝撃に、女性は後方へと吹き飛ぶ。
 「くっ。おのれっ」
 「邪魔するな」
 鷹、いや人を射殺しそうな眼光を浴びた薬右衛門は、足が地に縛りつけられてしまう。
 「う、ぐ、う、うわああああっ」
 脇をがら空きにしたか前は、もはやただの突撃同然だった。だが、男は動いた兵に対し、
 「大したものだ。大概が腰を抜かすというのに」
 口元を若干緩めながら、大男は槍を横なぎにはらう。鎧にあたった矛先は、よろいにへこみをもたらし、たけと同じく後ろへと転がっていく。
 しかし、明心はその瞬間に背後へと回り込むことに成功する。小刀を逆手に持ち、大男への首筋にたてる瞬間。
 「なっ、うそだろ」
 「狙いは良かったぞ、小僧。相手が悪い」
 つかまれた手首に鈍い痛みと音が刻まれる。苦痛に歪む表情を見ることなく、男は少年を振り回し、地面へとたたきつけた。
 「明心っ。ちっ」
 たけが何とか起き上がり、再び斬撃を繰りだす。先陣を切っていた男は、今度は両手で柄を握り、せき止める。
 「皆の者、周囲を固めよ。他に手出しさせるな」
 「は、はあ」
 横目で、
 「女の身でありながらこの俺の隙を突いて来たのだ。少し位相手をしてやらねば気の毒だろう」
 「何だと。おのれっ」
 力をこめたたけは、相手を一歩後ろに下がらせる。
 「な、何と、若様が力負けをっ」
 「馬鹿を申せ。早く固めよ」
 「は、はっ」
 「この者達は如何致しますか」
 たけは切り返し、明心の傍による。
 「心配するな、そ奴もあの男も殺しはせん。休憩は必要か」
 「くっ」
 少年に目配せをする女性を見て、大男は鼻で笑う。
 「我、源光正(みなもとのみつまさ)の名において誓おう。武士の情けだ。お前と純粋に勝負がしたくなっただけに過ぎん」
 「若様、お戯れはお止め下さい。小山田はどうするのです」
 「あんな小物などどうでも良かろう。いつでも落とせる」
 「これ。下の者を困らせるでないぞ、光正」
 身柄を拘束されているたけたちの耳に、渋い音が上からかかる。馬にまたがった、声とは裏腹に若い男である。
 「叔父上」
 「進軍が止まったから来てみれば。何だ、とうとう女性に興味を持ったのか」
 「そ、そういう意味では。この娘の腕っぷしが中々のものでして、つい」
 「何じゃつまらんの。いや、じゃれていればもしかしたら、か」
 「じゃ、じゃれ?」
 ほっほっほっ、と優雅に扇子で口元を隠しながら上品に笑う男性。戦場には似つかわしくない言動だ。
 扇を閉じると、
 「良かろう。可愛い甥の為だ、小田山は私に任せておけ」
 「宜しいのですか」
 「言いよるわ、丸投げしようと考えておったろうに」
 「さすがに隠せませんね。後日良い酒をお持ち致しましょう」
 「話が分かるな。さすがは次期当主殿よ。楽しみにしておるぞ」
 「はい」
 ちらり、とたけを見た優雅な男性は、小山田を討つべく軍を再編成する。なお、小山田軍は既に全員拘束されていた。
 光正は女性に近づいて、膝をつく。
 「水や食べ物ははいるか」
 「要らぬ」
 「そうか。ならば早く始めるぞ。すぐに陥落の知らせが入るからな」
 離れた光正は、槍を構える。拘束を解くように命じると、兵たちはすごすごと下がっていく。
 たけは渾身の力をこめて、何度も切りかかった。

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