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戦乱の刃 咲き誇る花々 第6巻

※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。


 たけたちが源家に住み始めてから二ヶ月余り。季節は移り変わり、夜に蛍の光が現れる頃である。
 とはいえ、たけの頭には仇討ちで一杯。乙女は花より刀を愛する節があり、今日も今日とて朝から光正(みつまさ)に挑みっぱなしだ。
 当然、全て惨敗である。
 「姉貴さあ~。もうちょい頭使いなよ。さすがにさ」
 「弓が不得手なのだ。仕方なかろう」
 「だからってさあ。毎回毎回、馬鹿正直に真っ正面からってさあ~」
 さすがの明心(あこ)も呆れてしまっている。治療に訪れた薬右衛門(やくえもん)は、黙々と薬をぬっていた。
 「戦時の不意打ちでも駄目だっただろう。寝起きを狙おうにも、あ奴はいつも先に起きているし」
 「だからって寝ないで挑んでどうすんの。逆に怒られてたじゃん」
 「お、起きられんから、起きてたのだがな」
 「終わりましたぞ。本日はお出掛けになられると伺いましたが」
 「ああ。気晴らしに街に出ようと思ってな」
 「何々、しこみにいくの」
 「何を仕込むのだ。飯じゃあるまいに」
 「武器になりそーなの集める、とか」
 「入口で没収されるわ、馬鹿者」
 「まあまあ、薬右衛門。本当に単純な気分転換だ。この頃家にずっといただろう。許可は貰ってある」
 「勝手にでれないもんなあ。おれたち」
 「捕虜の様なものだからな、本来は」
 その割には自由にさせてもらっている三人だが、現当主の血族は何を考えているか理解できない。たけと明心は光正に挑む以外、前者は書物を、後者は武士の者と仲よくなり、色々と学んでいた。
 また、薬右衛門は、当主の兄である定清(さだきよ)の仕事を手伝っている。彼は長男なので本来は家督を継ぐ立場だったが、政治より薬学に才があると譲らず、その道を選んだという。
 たけたちが連れてこられた際、薬右衛門は手荷物を見られて呼びだされ、以後たけの身の安全と引き換えに薬を作っているのだ。
 「お眠りにならなくて宜しいのですか」
 「ああ。一日位ならどうってことはない。それに、今日中にどうしても行きたい場所があってな」
 「左様でございますか。たけ様が外出する際同行する様にと、光正殿から命を受けております。入口でお待ちしております」
 「分かった。私も着替えたらすぐ行こう」
 「おれもいいでしょ」
 「大丈夫だ。久しぶりに市でも回ろう」
 「やったねっ」
 先にいってるよ、と明心。鼻歌を歌いながら、薬右衛門とともに歩いていった。
 たけが支度をすませて合流すると、近くにある市場へと立ちよった。
 「けっこういいのが売ってるなぁ。うーん」
 「まさかとは思うが、何かを持ち出して来てはあるまいな」
 「ないないないっ。鬼婆に食われちまうよ」
 「失礼なことを言うんじゃない。元はと言えばお前が原因なのだからな」
 男同士は、まるで親子みたいである。
 一方、紅一点のたけは、みずみずしい花を見ている。
 「この菊を三本貰いたい」
 「毎度」
 茎を切ってもらい、お金を渡す、たけ。二人を見つけると、移動するという。
 「今からでも夕刻までには戻れるからな」
 「畏まりました」
 「どこ行くのさ」
 「いつもの場所だ。先月行けなかったからな」
 日が暮れる前までには往復したいという、たけ。今は昼前で、ここからでも十分間に合う距離だそうだ。
 干飯と漬物をいれた包みを人数分あるか確認し、彼女たちは目的地へと出発した。
 未の刻頃、三人はとある廃墟へやってきた。途中で休憩をはさむが、たけいわく思った以上に早く到着したらしい。
 朽ち果てかけた入口は、誰も歓迎していないようにうかがえる。
 構わず中へはいると、目の前に広がるは焼け落ちた館の残骸だった。
 屋敷だったろう場所を迂回し、裏庭らしき所へとでる。水の干上がった池の石には、びっしりと苔が生えていた。
 ちょうど池と灯篭の間に、ぽつ、ぽつ、と大きめの石が三つ、並んでいる。
 たけは手にした菊を一本ずつ、石の前にそえる。そして、静かに手を、あわせた。
 薬右衛門も黙祷し、明心も習う。
 「父上、兄上、きく。今はどういう訳か源家で生活しています。源光正の首、必ずや添えてみせましょう。どうか安らかに」
 祈り終わり立ち上がると、裏側に三つの菊の花が置かれていたのに気づく。土に直接刺さっており、日数もそんなに経過していないようだった。
 誰かが参ったのか? 一体、誰が。
 この場所を知るのは、一族に関係していた者だけ。だが、あの日に番をし源家に挑んだ者たちは、命を落としている。
 生き残ったのは、近くにある関所へ派遣されていた兵だけだろう。
 だが、たけが調べた限り、彼らは仇討ちとばかりに、光正が率いていた軍からの攻撃を受け、全滅したと聞く。おそらく、たけが隠されている間に事があったと推測している。
 なお、彼女がここを去った際、源家がある方角とは逆方面のけもの道をとおって抜けだした。だからこそ、偽装工作効果も助長し、今まで見つからずにいたのである。
 とはいえ、おそらく光正は、たけの正体に気づいていようが。
 薬右衛門と再会したのは、それから四年後のとある村でだった。伝令として関所に派遣された彼はそのまま、怪我をしている兵たちの治療にはいったという。
 風の知らせを受け、彼らは失意の中そのまま散々になり、薬右衛門は地元の人々を助けるために残ったのだ。
 そして、今に至る。
 「姉貴、思ったんだけど」
 「何だ」
 「散らばった人たちを集めてさ、どうにかできんじゃないの」
 「無理だな。奴を調べるために幾度か戦場を見てきたが、大の男十数人で気持ち抑えられる程度だ」
 「武士でそうなら、百姓じゃ無理じゃん」
 あのときも吹き飛ばされてたっけ、と明心。三人で初めてともに戦った戦いの事だろう。
 「私が強くなるしかないのだ。弓も昔に比べれば、ましになったからな。それに」
 目を細め拳をつくる、たけ。
 「昔は家柄に関する騒動は確かにあった。しかし、ここ三代は大人しく降っていたというのに」
 たけの父と兄が決めた婚礼もそうだ。忠誠を示すために同じくらいの力のある家との縁を結び、我が家に貢献せよ、と命を受けていた。その矢先の夜襲だった。
 「その話、はじめて聞いた」
 「そうだったか。まあ、過ぎた事だ。私はもう、姫でも何でもないからな」
 「ふーん」
 明心は口に手をあて、遠くを見始める。
 薬右衛門はというと、ぼんやりと墓石代わりの簡素な石を見つめていた。
 「阿修羅の化身などと言われていても、しょせんは人間。必ず弱点があるはず」
 「本当に人間なのかね、あの人。落とし穴や罠とかはってもさ、すぐにかわすんだけど」
 「人の家で何をしているのだ、お前は」
 「次期当主が何したっていいっつたもん。ばあちゃんは怖ぇけどね」
 「ああ、それは分かるな。あのご年配はただ者ではない」
 はあ、とため息をつく薬右衛門。たけも同意し、本人は光正の乳母だと口にするが。
 「絶対に嘘だって。この辺にいる噂の影だったりして」
 「優秀な隠密という、あれか。表には決して出てこないらしいから、おそらく違うだろう。若い頃、戦場を渡り歩いたのかもしれん」
 「でしょうな。そうでなければ、あの貫禄は出せますまい」
 「実は裏で源家を操ってたりしてね」
 うっひゃっひゃ、と笑う明心。だが、大人たちは、ある意味そうかもしれない、と受けとってしまう。
 三人の背中を、何人かの人間が、じっと見つめていた。

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