戦乱の刃 咲き誇る花々 第3巻
※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
「今日からここがそなたの部屋だ。隣には若様の部屋があるが、分かっていような」
「ご心配召さるな。寝首を掻くなど武士の恥」
「ならば良い。そうじゃ。私はうめ、若様のお目付け役じゃよ」
「うめ殿か。宜しくお頼み致す」
と頭を下げる、たけ。次期当主の光正の乳母で、現当主とは乳兄妹だという。
それにしても油断ならない雰囲気を持つ方だ。本当にただのお目付け役なのか。
気の小さい者を委縮させそうな眼光は、農村で見かけるお婆さんと全く違う、とたけは思った。
「まあ、夜這いなら構わぬぞ。若様は良い男なのに、武術しか頭になくて困っておる」
「よ、よばっ」
「ほっほっほっ。まだまだ小娘のようじゃな。寝具は後程用意する。しばらくはくつろぐと良い」
「かたじけない。うめ殿、連れはどうなったかご存じか」
「聞いておらん。安心せよ、命はあるはずじゃ。若様は曲がった事が大嫌いだからの」
「そう、か」
「きちんと人並みの生活も保障されよう。ではな」
うめは表情を変えず、部屋を後にする。
部屋の真ん中に残されると、たけはため息をつき、座り込んだ。
先程の一騎打ちに敗れたたけは、首と引き換えに二人を見逃すよう、光正(みつまさ)に申し出た。すると意外な回答が彼女たちの耳を貫く。
お前程の腕を失うのは世の損失だ。そうだな、どうせならお互いの命を懸けよう。最近、好敵手がいなくて退屈していてな。こ奴らはお前が逃げ出さない為の人質する。どうだ。
当事者ならず、周囲の兵たちも唖然としていたところ、討伐を終えた源定正(みなもとのさだまさ)が合流。状況を把握すると、腹がよじ切れそうな程の笑いを起こした。
そして、今に至る。
「光正は相当な戦闘狂のようだ。まあ、とりあえずよしとするか」
雨風が防げて、かつ、食事も出るのなら、ひとまず安心だろう。私はともかく、二人がどのような仕打ちを受けるかが心配だ。
すぐにでも問いただしたい気持ちになるが、あいにく隣人は不在。仕方がないので、たけは今までの疲れを取るために横になった。
ふ、と目を開けると日の傾きが西側に近づいていた。目を覚まそうと障子を開けると、
「随分と平和そうに寝ていたな」
と、腕を組みながら縁柱の前に立っている光正がいた。
反射的に構えるも、太刀は部屋の中である。
「疲れているのなら、開始日を延長しても構わんぞ」
「結構。貴様を倒し、父上と兄上の墓前に首をそえたいのでな」
「その割には太刀を手放すなど、抜けている所があるが」
「うぐ。た、たまたまだ、たまたまっ」
光正は鼻で笑うと、
「俺としては夜襲も良いかと思ったが、うめに止められてな。日頃の鍛錬はそこの庭でしている。直接でも矢でも良いぞ」
矢でも、だと。随分と舐めてくれる。
歯を食いしばりながら睨みつける、たけ。しかしすぐに表情を崩す。
「私の連れはどうした」
「安心しろ。ちゃんと寝床や食事も与えた。薬右衛門には働いて貰うがな」
「少年は」
「明心(あこ)は手癖が悪くて説教中だ。直したらお前と合流して良いと話している」
「説教?」
「うめがな」
明後日の方角を向きながら、軽く青い息を吐く光正。
「それで飛び道具も、と」
「ああ。中々の身のこなしと丹力があって面白い奴だ」
「面白いかどうかはともかく、身のこなしと精神は同意する」
「ほう。随分と気に入っているのだな」
「手のかかる義弟だからな」
「弟、か。ふむ」
顎に手をあて、何かを考えこむ武士の男。たけは視線を上に向ける相手には会ったことがないので、つい見つめてしまう。
「何だ。俺の顔に何かついているのか」
「失礼。私より大きな男がいたのだと思って」
「ああ、成程。確かにお前も背が高いな。だから部屋をこちらにしたのだ」
天井を見てみろ、と光正。たけは素直に見上げると、随分と天井が高いと感じる。
「この周辺だけ高く設計し増築して貰ってな。お前も従来の部屋より過ごしやすかろう」
「それで開放感があったのか」
「ぐっすり眠れるようで何より」
「なっ」
くっくっくっ、と生真面目そうな外見の男は笑う。
「お前も面白いな。明日から楽しみにしているぞ」
「その言葉、後悔させてやる」
再度鼻で笑った光正は、そろそろ夕餉の時刻だ、と告げる。
「父上がお前との対面をご所望されている。付き合って貰うが、妙な事は考えるなよ」
「人質を危険にさらす訳にはいかぬ」
「賢明だ」
即答する娘に背をむけながら歩きだす光正。太刀を取りに戻ろうとしたが、催促されたので断念した。
たけの立場は、捕虜が一番近いだろう。本人もそのように認識しており、どうして現当主が興味をもつのかが疑問であった。
しかも次期当主である光正の隣に座らせられる始末である。食事も同じものがだされ、まるで同列にいるかのごとくだった。
ちなみに、上座には現当主が、正面には現当主の兄と弟、つまり、光正から見て伯父と叔父が並んでいる。
後者は戦時と印象が異なり、まるで都にいる貴族に見える出で立ちだ。
食事が終わり、お茶がだされる。
当主が軽く息をはき、
「定正。何ぞ面白い話があると聞いたが」
「今も面白いでしょう。なあ、定清(さだきよ)兄上」
「お前が言っているのはそちらの女性(にょしょう)についてか」
と、不愛想な細身の男。定正に比べると地味な服装だが、武士の格好とも少々異なっている。
「彼女は私の側室になる予定でして」
「はあっ」
ぶほっ、とお茶を吹きだす光正。気のせいか、部屋の隅で控えている、うめからの威圧が感じられる。
閉じた扇子を顎にあてて笑いながら、定正は、
「おっと、光正の正室だったな。失礼失礼」
「それも違うっ」
「な、何故、そのような話になるのです」
「何じゃ。期待しておったに」
ふっ、と口の形を変える当主。定正の冗談に乗っているようだ。
「こやつの腕を買ったまで。深い意味はございません」
「ならば問題あるまい。今宵は私の閨(ねや)に招こう」
「戦いで疲れておりましょう」
「なれば数日後だな」
くっくっくっ、と、垂れ下がった髪を指でもて遊ぶ男性。たけは我慢ならず、立ち上がろうとする。
「座れ、娘。定正よ、どうやらお前の冗談は好まれぬ様だぞ」
「やれやれ。まあ、良しとしよう」
生娘のようだな、と、ささやく定正。目を細め、たけを見つめる。
「私を侮辱する為に呼んだのか」
違う意味で目を細めた定清は、左側にある武器に手を添える。
すると、横から、
「あれは誰かをからかわずにはいられない性格なだけだ。だが、わしが興味を持ったのは確かだな」
眉間にしわを寄せる、たけ。
「十分だ、下がって良い。万が一、光正が賭けに負けた場合、そなたらの自由と褒賞を保証しよう」
「しかと聞いた。その約束、お忘れ召さるな。失礼する」
軽く頭を下げ、部屋を静かに後にする、たけ。光正も続いて退出した。
「命拾いしたの、定正」
「もう年なのだから引退したらどうだ、うめよ」
「ふん。貴様には言われたくないわい。お前こそ引退時だろうに」
「私が引き籠ったら、女性たちの涙で海が出来てしまうからな」
「ほざけ」
ため息をついた呆れ顔の定清と笑いをこらえている当主は、正反対ながら、今宵も繰り広げられる口喧嘩を聞きいるのであった。
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