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戦乱の刃 咲き誇る花々 第7巻

※書き下ろしなの#小説


 朝餉からしばらくし、たけは光正(みつまさ)に挑むのを日課にしている。単なる突撃ではなく、角度や速さ、武器を変えるといった工夫はしているものの、成果は上がっていない日々が続いた。
 当然、己の鍛錬も欠かしていない。武家の姫といえど、本来戦場に行くのは男のみ。幼い頃から体を動かすのが好きだった娘は、父や兄、周りの武士たちを見ているうちに、自ら刀を手にしていたという。
 刀を振りおろすたびに肉親には呆れられていたが、健康のため、と言い逃れをしながらも楽しい日々を送っていた。
 「ふう」
 素振りが終わり、うめが用意してくれた湯で体を拭く。
 「うめ殿。いつも感謝致す」
 「湯加減は良かったか」
 「ああ。丁度よくて気持ちがいい」
 「ならば良い。湯はこちらで処理する故、庭に行ってはどうだ。今、若様は弓の稽古中だろう」
 「うーむ。素手同然の相手に対し、刀を持ち出すなど、やはり気が引ける」
 「素手で熊を倒せるなら問題ないぞ」
 やってのけているのか、奴は。本当に人間かと疑いたくなる。
 たけは思わず、ため息をついてしまう。
 「何なら、若様から弓を習ってはどうだ。隙も見れて技も盗めよう」
 「うめ殿。あなたは光正殿の乳母では」
 「ほっほっほ。若様のを盗めるものならやってみせるが良い。動物並みの反応が出来る人など、滅多におらぬ」
 体躯にも恵まれておるしな、と、うめ。正論だと、たけは感じた。
 部屋の掃除が終わると、うめは桶を持って部屋から退出する。光正から命を受けているとはいえ、普通に接してくれる彼女に対し、たけは感謝しかなかった。
 庭にでると、乳母の言葉通り、次期当主は弓を構えていた。いっぱいに引いた矢を放つと、屋根の上にある的に見事命中する。
 ふう、と息をだした彼は、娘に見られていたことに気づく。
 「見事なものだ。あんな遠くの的を射るとは」
 「初めは通り過ぎたぞ。昔、庭に出ていた妹の傍に刺さったらしくてな。さすがに怒鳴り込んで来た」
 「そ、それは、そうだろうな。だから時間を決めているのか」
 「ああ。まあ、弓を使うなど殆ど無いが」
 馬に乗るより自ら走ったほうが早い、と続ける光正。足軽と同じ鎧を着けているとはいえ、普通は馬より早く動けはしない。だが、感覚がおかしいのは、当人も理解しているようだ。
 そうでなければ一人で鍛錬など、おそらくしないだろう。
 たけは、庭におりると、右手をたらしたまま、光正に近づく。
 「弓、は。どうすれば上手くなる」
 「回数を重ねるしかなかろうな。やってみるか」
 「あ、あんな所まで届くわけが」
 「さすがに庭でやる。うめ、いるか」
 「こちらに」
 「明日から、たけに弓一式と的を用意してくれるか」
 「畏まりました。強度は如何致しましょう」
 「後程はかる」
 「ではそれ以外をご用意致しまする。では」
 いつの間にいたのか、と目をぱちくりさせる、たけ。気配が全く感じられなかったのだ。
 「うめは俺の感覚でも捕らえられん。怒らせるなよ。血が上る事は滅多に無いが」
 「は、はあ」
 本当に影なのでは、という先日の話がまことに思えてきた、たけ。底知れなさを別の思考に変え、
 「何故、このような事をする」
 「面白いからだ」
 「面白、い。だと」
 「男ですら怯むというのに、お前は恐れず何度も挑み掛かって来るからな」
 ふっ、と頬笑む光正。たけは、柔らかく笑うのは、初めて見たかもしれない、と思う。
 「強き者に敬意を払うのは、武士として当然ではないか」
 「あなたに、そう思われるのは。悪くないな」
 「そうか。叔父上は、そこで何をされているので」
 「気にせずとも良いものを」
 す、と部屋の角から、姿を現す定正(さだまさ)。たまに、扇子を広げながら二人の様子を見にくるのである。
 「虎と猫のじゃれ合いを見るのが楽しくてな。今日は毛繕いをしていたので期待したが」
 「何の期待ですか」
 「全くお前は。愛を囁いて抱き寄せて、接吻位してはどうだ」
 「なっ。こ奴と私はそのような関係ではっ」
 「叔父上の言葉にいちいち反応していては、腹が持たんぞ」
 「そういう光正も、昔はそなたと同じ態度を取っていてな。似た者同士、似合いだと思うぞ」
 と、笑いながら優雅に扇子を動かす定正。まるで都にいる貴族のようだ。
 「若者の恋など、女子(おなご)と話すのに丁度良い題材だろう」
 「口説く為ですか」
 「も、あるが。妻がそなたらの仲に興味津々でな。姪孫(てっそん)は可愛かろうて」
 顔を真っ赤にしながら、口を池の鯉のように動かす、たけ。大笑いをした定正は、満足気に、大怪我をせぬようにな、といって去っていく。
 光正は右手を顔の横にあてながら、
 「水でも飲んで頭を冷やして来い」
 「そ、そうさせて貰う」
 即座に身を回転させる、たけ。彼女の後ろ姿が室内へと消えると、大男は大きくため息をついた。
 しかし、耳に宿った熱は、飛ばせずにこもったままだった。
 夜が更けそろそろ就寝する者がぽつぽつとでてくる時間帯。光正は、床の間にある槍の前で座り、精神を研ぎ澄ませていた。妙な胸騒ぎがしたからである。
 「若様」
 ほぼ音もなく開かれるふすまには、無言の威圧がかかる。
 「どうだった」
 「あの者らとは無関係でしょう。小僧の事を知らない様子だったそうです」
 「そうか。なればもう、さすがに隠しきれんか」
 「光正や」
 眉を動かしそうになるも、たえる青年。
 「定光(さだみつ)も定清(さだきよ)も、とっくに気づいておるぞ。腹を括らんか」
 「し、しかし。どの様にすれば良いのだ」
 「だから定光はたけの外出を許可したのじゃ。そなたは馬鹿ではない。分かっていよう」
 「だ、だが、それでは」
 「この根性無しめが。お膳立てはしたのじゃから、後は自分で何とかせい」
 「そ、そうは言っても、だな」
 「全く。お主は昔から、妙なところで神経質だのう」
 「戦いの方が全然楽だ。はあぁ」
 「お主の理想に付き合わされる、周りの身にもならんか」
 「面目無い。どうしても忘れられなくて」
 やれやれ、と首を横に振る、うめ。譲れないところで駄々をこねるのは、昔からのようだ。
 「私もな、お主達は似合いだと思う。たけ殿が誤解しておるだけでな」
 「一本気な娘だ。事実を知ってしまったら」
 「最悪の事態を避ければ良い。生きていれば、どうにでもあろう」
 「そう、だな。む」
 「どうした」
 「虫の声が、止まった」
 目の間に力がはいる、うめ。
 「定正に伝えて来よう。定光にもな」
 「助かる。たけを頼んだぞ」
 頷いたうめは、早々に部屋から退出。ゆっくりと目を開けた光正は、同様に息をはいた。
 愛槍を手にとり静かに立ちあがると、足音を殺し、うめとは逆方向へと歩いていく。外にでると、遠くにある外壁から、何らかの気配を察知した。
 まぶたをおろしながら、
 「腹を括れ、か。確かに肝心な所では逃げっぱなしかもしれん」
 お前は戦いに関する才がずば抜けている。だが、人は独りでは生きていけぬ。全てを極めるている者など存在せぬのだ。強さにも種類がある事を、お前は誰よりも承知していよう。
 元服したての頃、父の定光に贈られた言葉だ。日頃から忘れないよう戒めているものの、油断していては奢りがでてきてしまうのは、人の性なのかもしれない。
 光正は武器に再度力を送り、門へとむかう。

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