戦乱の刃 咲き誇る花々 第4巻
※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
夕餉後、たけは用意された寝具に包まると、気疲れもあってかすぐに深い闇へと落ちた。
ふ、と、意識が戻ると、辺り一面火の海と化している。だが、不思議と落ち着いている、奇妙な感覚があった。
ぼんやりと周囲を眺めると、見覚えのある掛け軸があった。幼い頃から目にしていた、力強く書かれた言葉だ。
揺れる火の中、遠くから悲鳴が聞こえた。男のものである。
たけは急に頭がさえると、熱源をかき分け現場へとむかう。
勝手知ったる廊下を走ると、そこにはまだ火の手は上がっていない。その代わり、違う色の新しい液体が、畳に広がっている。二人の男が、首から血を流して倒れていた。
たけは見開くと、太刀をもった大男に怒声を浴びせようとする。
しかし、別の者がさえぎった。明心(あこ)より年下の娘が、父上、兄上、と叫びながら部屋に入ってきたのだ。
娘は大男をにらみ、父の刀を手にして斬りかかる。しかし、体を左側にずらして簡単にかわした仇敵は、足を引っかけ、転げさせる。
「これも宿命か。姫よ、恨むなら父と兄を恨め」
「ふざけないで。父上と兄上が何をしたというのですっ。なぜ、なぜ、こんなむごいことを。我が家は忠実な家人なのに」
「その様子だと、何も知らぬのだな」
「どういう、こと」
大男は、眉をひそませる。
「そなたは最近、結婚が決まったであろう」
「ええ。より強くなって源家にお仕えできるように、と」
眉間のしわをますます深くした男は、
「哀れな。せめて苦しまずに逝くといい」
服を踏まれた娘は、逃げることもできず、自身の体へ垂直に構えられた刀を凝視してしまう。
次の瞬間、鈍い音が耳を貫き、体に衝撃が走った。娘は何らか重さで倒れると、
「お、にげ、くださ、い。ひめ、さ、ま」
娘によく尽くしてくれた女性召使いは、そのまま動かなくなる。
理由を理解した姫は、刀を再度取ると相手と斬り結んだ。刃を下へすべらせそのまま右手首より少し奥の小手にあてる。
大男を二、三歩引かせると、娘はそのまま首に刀を突きつけようした。
だが男は超人的な反射神経で背をそらしてかわす。しかし頬にかすり傷を負う。
舌打ちして構え直す娘に対し、男は容赦なく腹部に膝蹴りをおみまい。まともに食らった姫君の意識は、そこで途絶えた。
次に娘が見た風景は、真っ暗な場所だった。腹が少々痛むが、動けないほどではない。
とはいえ、周りに何かが置いてあるらしく、身動きが取りづらい。また、手に何か硬いものを握っているのに気づく。
疑問に思っていると、突然、がたんっ、という音と夕焼けと人影が目に飛びこんできた。瞳が光量に慣れてくると、仲のよい女性召使いを殺した大男だったとわかる。
姫君の顔が形相に変わった瞬間、大股で近づいてきた男に口を押えられた。
「静かにしろ。我々はもう少しでここを引き上げる。それまではここにいるといい」
「むむむっ」
「あの女人を身代わりに立てておいた。背格好も似ている故、誤魔化せよう」
ゆっくりと、瞬きをする娘。彼女に対し、目を細めながら、
「倉の中身を売り、遠くの地で静かに生きろ。足らなければその太刀を売ると良い」
元服前だろう少女の視線を落とした先には、野太刀があった。
再度男に視線を戻すと、しばらく、交わる。
「達者に、暮らせ」
目を閉じた男は、立ち上がって歩き、倉も同様に暗くする。外から複数の男たちの声が聞こえるが、やがて静かになった。
どれほどの時が流れたかは、わからない。
寒さを感じた娘は、ゆっくりと動きだし、恐る恐る扉を開ける。外は既に更けており、大きな月が輝いていた。
姫は野太刀を握りしめ、焼け跡となった館を、見下ろした。最後にいた部屋だろう場所まで行くと、人間の骨が三つ、ある。
「おのれ、よくも。許さぬ、絶対に許さぬぞ、源光正(みなもとのみつまさ)。絶対に殺してやるっ」
声をださずに流した血の涙は、爪をたてた手に染みわたる。
たけはその様子を、何もできずに、見守っていた。
「つ。はあっ。はあ、はあ」
勢いよく飛び起きる、たけ。ここ最近、悪夢を見る回数が増えていた。
乱れた呼吸で目覚めるなど気分が悪い。何もかもあの男のせいだ。忌々しい。
新鮮な空気を吸おうと、障子を開ける。まだ夜が明けきっていない空の下、光正が大きな木刀を右腕だけでふっていた。
光正の視線が家屋へとむいた瞬間、大きな音をたてて障子が閉じられる。
その奥では腰を抜かしている、たけの姿があった。
な、な、な。こんな時間から何をやっているのだ、あ奴は。
考えてみれば、未婚の男の隣の部屋で生活するなど、ありえない状況である。しばらく民として生きてきたためか、すっかり忘れていた感覚でもあった。
なお、明心は十にも満たない頃からともにいるので違和感はない。むしろ、本物の家族のように一緒にいたため、離れているほうが不安である。彼の性格も関係しているのもあるが。
のそのそ、と、備えつけられている鏡台へ行き、くしできちんと髪をとかす。顔は、水のありかが不明なので諦めた。
どういう訳か服も用意されているので、恐る恐る袖を通しして帯をしめる。よく着られる小袖だ。
太刀を忘れずに手にした後、ゆっくりと障子を動かした。何事もなかったかのように、光正は左腕で木刀をふるっている。
「随分寝起きが悪いようだな」
「な。貴様、部屋を覗いたのかっ」
「違う。俺は生まれつき、五感が動物並みに鋭いのだ」
「そ、そうなのか」
「まあ、あんなに大きな音を立てて障子を閉めれば、誰でも調子が悪いと分かろう」
「お、驚いただけだ。こんなに朝早くからいるとは露程にも思わんでな」
「ふん。ならそういう事にしておく」
商売をやっている者ならともかく、あくまでたけの人生の中では明け方に鍛錬をする人間はいなかった。天から授かった体格だからこその武力ではないと、彼女は悟る。
光正が木刀を両手でもち上下に動かしている中、
「来ないのか」
「鍛錬を邪魔するほど、愚かではない」
「絶好の機会だろうに。正面からでは勝てぬと、まだ理解出来んのか」
「ぐっ、そ、それは」
悔しそうににらむ、たけを見て、青年は、相変わらず真っすぐなのだな、と、つぶやく。
「何か言ったか」
「何も。いつでもかかって来い。ああ、そうだ」
光正は、たけの腰につけている野太刀を指し、
「そんな立派な鞘を拵えた太刀を持っていては、身元を探られるのではないか」
「そうなったら貴様は不都合になるな」
「お前がな。その太刀は盗まれた事になっている」
見開く、たけ。
「馬鹿ではないようで安心した。分かったなら隠しておけ。代わりの太刀を貸してやろう」
ここを追いだされては仇討ちができないばかりか、何より盗人の汚名を着させられる。しかも、ともにいる明心や薬右衛門(やくえもん)まで同罪にされるだろう。
現当主の息子であるこの男ならどうにかなろうが、こちら側には打つ手がない。
「待て。貴様は私が誰だか知っているのだな」
「知るか。この前初めて会ったぞ。お前程の腕をした女を忘れる訳がない」
顔の中心に向かって表情筋が集まる、たけ。思わず吹いた光正は、
「百面相だな。面白い女だ」
「か、からかうなっ」
ぶん、とこぶしを振り上げるも軽々とかわされる。
しかし、これで心置きなく首を狙える、と、たけは思ったのだった。
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