『息子の異常な午後』 —インフルエンザとタミフルについての考察—
COVID-19の影で姿を消していたインフルエンザが、今年は思い出したように街に戻ってきた。まるで長い旅を終えて故郷に帰ってきた旅人のように。そして、そいつは相変わらず厄介な客人だった。
病院では高齢者や肺に持病のある患者さんたちが多く運ばれてくる。インフルエンザが引き金となって、さまざまな症状が連鎖反応のように現れる。冬の病棟は、そうでなくても忙しいというのに。
診療所やクリニックなどでも風邪や発熱患者は多く、インフルの検査をすれば陽性となる患者も多いという。地域によってはタミフルの在庫が枯渇しそうなところもあるらしい。無駄な処方が多いのだろう。まるで誰もが、この薬を求めているかのように。
我が家にもその影は忍び寄っていた。年が明けてから、家族全員が微妙にずれた時期に、咳や鼻水の症状を抱えていた。とりわけ小学1年生の長男の咳は執拗だった。1週間以上も続くものだから、マイコプラズマ肺炎かもしれないと思い、妻に近所の医院での受診をお願いした。
検査結果はインフルエンザB型。最近は検査技術も進歩して、開業医でもPCR検査で様々な感染症を一度に調べられるようになっている。インフルエンザなら時間が解決してくれるだろうと、その時は特に気にも留めなかった。
週末、長男とテレビゲームをしている時のことだった。突然、彼が「庭で運動してくる」と言い出した。冬の午後の淡い日差しの中、彼は外へ出て行った。しばらくして戻ってきた彼を、妻が不思議な表情で見つめていた。「庭で花壇におしっこしていたでしょう。キョロキョロしながら」。長男は否定したが、妻がそんな作り話をする理由はない。
そう、異常行動というやつだ。
冗談めかして「タミフルなんて飲んでないよね」と妻に聞くと、なんと、処方されて飲んでいるという。
その昔、タミフルを服用したとみられる中学生が自宅で療養中、自宅マンションから転落死するという痛ましい事例が続いたことがあり、厚生労働省はタミフル服用後の異常行動について、その因果関係は不明であるものの注意喚起の文書を発表したことがある。また、タミフルが効くのは発症から48時間以内。1週間も続いている咳で受診して、インフルエンザ陽性だからという理由でタミフルが処方されるというのは、僕には理解できない選択だった。それに、健康な子供にこの薬を使うメリットは疑問視されている。
確かに、タミフルと異常行動の因果関係は科学的には証明されていない。でも、どんな薬にも影があるのだ。それは冬の日差しが作る影のように、必ず存在している。
二日酔いに迎え酒が効くからといって目の前の酒に飛びつくことがくだらないように、インフルエンザだからと言って杓子定規にタミフルが処方されるのもくだらないことだ。