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シファン・ハッサンが、明るくおしゃべりになった理由
東京、ユージーン、ブダペストで何かと話題を振り撒き、ミックスゾーンでも楽しく陽気な性格を存分に見せてくれたハッサン。今でこそニコニコとメディア対応してくれているけれど、数年前まではミックスゾーンで取材拒否することも多かったし、話してもポツリポツリと一言ということも多く、正直、記者泣かせの選手だった。
ハッサンが変わったのはドーハ世界陸上以降。つまり、それまで師事していたアルベルト・サラザール氏がドーピング関連で資格停止処分になり新しいコーチについてからだ。
別人なんじゃないかというくらいハッサンは明るく、饒舌になり、こちらがびっくりするほど冗談を言ったり、記者を笑わせるようになった。
東京五輪の際に、オレンジのポロシャツを着ていたら「私のユニフォーム🇳🇱と同じだね。私の応援カラーだね。大好き」と唐突に言われたこともある。
それまでの彼女を抑圧していたのはサラザールとナイキオレゴンプロジェクトだったのだろう。1位以外は敗者という考えをハッサンに押し付けていたように思う。優勝を逃した時に打ちひしがれている彼女の姿を何度も見かけた。ハッサンに限らず、サラザール氏が選手を罵倒したり、蔑むような言葉をかけていたことが明らかになっているが、選手は抑圧、焦燥を感じ、時に自己肯定感を傷つけられるようなこともあったようだ。
ポイント練習の終了後に、より速い設定タイムでもう一本走らせるというような練習を課すことでも有名だった。きつい練習が終わってほっとしているところに「さっきより3秒速いタイムでもう一本」と言われ、キレる選手、泣き出す選手、心を無にする選手。反応はそれぞれだが、所属していた選手の一人は、サラザール氏はその気持ちを練習にぶつけろと非科学的かつ根性論も選手に押し付けていたとも教えてくれた。
サラザール氏はそういう根性練でサイボーグのような選手たちを作り上げたのだろう。
レース後にポイント練習を課せられることもあったため、ミックスゾーンで饒舌に話す気にならなかったのも今なら理解ができる。
オレゴンプロジェクトに在籍していたため、ハッサンもドーピング をしていたのでは、という人もいる。少なくとも彼女は今まで違反になったこともなければ、そういう噂が出たこともない。そしてサラザール氏から離れた後も結果を出していることを考えると、ドーピングを疑うのは無理があるようにも思う。
サラザールから解き放たれたハッサンは東京五輪で中長距離3種目に挑戦し「クレイジーだっていいじゃない!挑戦することに意義があるよ」と言っていたが、勝敗にこだわらず、挑戦を楽しめる環境にいる。ブダペスト世界陸上でも楽しそうに、イキイキと走っていた。
去年のユージーン世界陸上で田中希実選手が3種目に挑戦すると聞いた際、「これはハッサンに教えなきゃ!」と思った。
ミックスゾーンで「1問だけね」とオランダ広報に言われ、「ねーねーー、ハッサン、聞いて聞いてーーー」というノリで田中選手の3種目について聞いたら、ハッサンはハイテンションになった。想像をはるかに超える素晴らしい反応で、こちらもワクワクした。
田中選手が思うように走れず、5000mで涙を見せると、ハッサンは田中選手を気づかった。
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田中選手が3種目に挑戦していなかったら、ハッサンがこんなに素敵な選手だと知ることができなかった。ハッサンのこういう一面を引き出してくれて、我々に教えてくれたのは田中選手、田中コーチが3種目に果敢に挑戦してくれたからだと思う。
ハッサンは1ヶ月後にシカゴマラソンを走る。
マラソンの練習は大変なの、とニコニコ笑顔で教えてくれたけれど、今は最後のきつい練習を頑張っているだろう。
今季2本目のマラソンはきっとロンドン(2時間18分34秒)を上回るだろう。
明るく、楽しく、優しく、でもひたむきに、がむしゃらに。
そんな姿をまた見せてほしい。