エンゼルスのフレッチャーと小声で会話したこと
選手も1人の人間。あなたたちと同じように血が通った人間だから、モノや駒として扱わないでほしい。
そう教えてくれたのは東京五輪で女子砲丸投銀メダルをとったレイブン・ソウンダースだ。ミックスゾーンで試合のことを聞かれるのはいいけれど、他の時は普通の話をしようよ、と言われ、好きなもの、家族のことなどいろんな話をするようになった。相談事もする。ごくごく普通の友人のように。
大リーグでは選手は駒のように扱われ、選手の動向はGMや代理人に委ねられている。
エンゼルスからウェイバーにかけられてマリナーズに移籍したドミニク・リオーネ投手はウェーバーにかけられた時のことをこう教えてくれた。
「クラブハウスで誰かが携帯を見ていて、『おい、SNSにウェイバーの情報が載ってるぞ』と教えてくれた。『え?俺?!マジで??』って思った。その次の日かな。GMから電話が来て『新天地で頑張ってください』って言われて終わり」と笑う。
「大リーグはそういうビジネスだし、選手として経験が長いのでそれくらいじゃびっくりしないよ」
彼の場合はマリナーズに請われて移籍したので、モヤモヤは少ないようだが、なかなかシビアな世界だなと思う。ちなみにエンゼルスのクラブハウスに荷物をとりに行く暇はなく、クラブハウスのスタッフが移籍先のシアトルに送ってくれることになったらしい。
ウェイバーで移籍した選手はプレイオフに向けて必要な戦力と評価をされているため、前向きにというか、むしろ新天地で、さぁやってやろう、みたいな雰囲気なので安心したけれど、エンゼルスの首脳陣の対応に対して「え?」と思うことは今季も数回あった。
その一つが、4月中旬、野手のデビッド・フレッチャーがマイナー降格をし、代わりに若手のザック・ネトが昇格した件だ。
確かにフレッチャーは打撃不振だったけれど、シーズンが始まったばかりで判断するにはちょっと時期尚早なのではないかと感じた。フレッチャーはWBCに出場し、オープン戦もあまり出場できなかった。もしメジャーとマイナーのギリギリのラインにいると知っていたら、フレッチャーはWBCに出なかったのではないだろうか。
プレー以外に原因があったのだろうか。クラブハウスやベンチで態度が悪かったのだろうか・・・。
フレッチャーとはあいさつ程度しか話したことがなかったけれど、モヤモヤが残った。若手にポジションを奪われ、悔しいだろうな、とも思った。
6月下旬にネトやレンドンが怪我で離脱し、フレッチャーが再度昇格した。他の選手たちが慌ただしくクラブハウスを後にする中、フレッチャーはしばらくロッカーのベンチに座っていた。
「ちょっと聞きたいことがあるんですが」
こちらに顔を向けた。
「4月に降格した時、監督やGMから詳しい説明はありましたか?」
囁くように尋ねると、驚いたような表情を見せ、小声で応じてくれた。
「いや、なかった」
「マイナーに行った後、本塁打を打って活躍していましたが、監督やGMから『最近、どう?』みたいな連絡ってありました?」
「いや、何もなかった」
「そうなんですね。寂しいですね」
「そうだね」
大声では話せない内容なので、ヒソヒソ声の会話は続く。
「再昇格しましたが、首脳陣に忠誠を尽くしてプレーしたいと思いますか?」
フレッチャーは「すごい質問してくるね」みたいな表情を一瞬向けた後、こう答えた。
「勝利のためにベストを尽くす」と。
チーム、監督のため、という言葉は口にしなかった。
「答えづらい質問に答えてくれてありがとうございます」
そう言って去ろうとすると、フレッチャーはボソッとこう言った。
「聞いてくれてありがとう」
この2ヶ月間、ずっと悔しい気持ちを抱えながらプレーしてきたことが窺えた。その後、ネトの復帰により、フレッチャーは再びマイナー降格になり、シーズン終わりにまた昇格という状態だ。
エンゼルスのようにドライに接する場合もあるし、不調でマイナー降格になったり、メジャーとマイナーを行ったり来たりする選手にはGMや監督がしっかりと話し合いを行うチームもある。チームによって対応は本当にそれぞれだ。
あるチームの監督は「降格を言い渡すのはつらい。嫌な役回りだなと思うこともあるけれど、それも仕事のうちだから」と教えてくれた。また降格した(させた)選手の成績も逐次確認し、選手に連絡をするようにしている、上がってきた時に気持ちよく働きたいからね、という監督もいる。
ネビン監督は以前、「毎日、選手全員とコミュニケーションを取ることを心がけている」と話していた。おそらく実際にそうしていることだろう。だがフレッチャーの様子を見るとなんだかな、と思わなくもない。選手も血の通った一人の人間なのだから。