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「完璧」が作れないからおもしろい。

 Cygamesからリリースされているアプリゲーム「ウマ娘プリティーダービー」にドはまりしている。朝起きた瞬間からアプリを起動し、仕事に出かけるまでの小一時間で朝食もそこそこにウマ娘の育成を試みるくらい、生活を侵食されている状態である。仕事以外はほとんどウマ娘のことを考えていると言っても過言ではない。
 アプリゲームにこれほどのめりこむのははじめてのことだ。今、ほかにプレイしているアプリゲームには「けものフレンズ3」があるけれども、これに関しては「けものフレンズ」というメディアミクス作品の設定や世界観を好んでいるからプレイしているだけで、ゲームとしてそれほどやり込んでいるわけではない(やりこみ要素であるクエストの得点は、たぶんガチ勢の10分の1にも満たない)。「やりこんでいる」と言えるくらいプレイしているのはウマ娘だけだ。
 どうしてこんなことになってしまったのか。
 キャラクターが魅力的だから、というのはもちろんある。清楚な出で立ちと破天荒な言動のギャップが魅力的なゴールドシップ、ものすごく真面目でストイックなのにしばしばド天然ぶりを発揮するミホノブルボン、まるで小学校のとき同じクラスだったみたいな親しさを感じさせるナイスネイチャ、臆病なのにひたむきで庇護欲をそそるライスシャワー、小さいのに思いのほかたくさん食べるライスシャワー、かよわいかと思えば格上の強者をねじ伏せる気迫をみせるライスシャワー……。作品にはたくさんの魅力的なウマ娘が登場する。
 ストーリーや世界観が魅力的だから、というのもあるだろう。なにしろこの作品は実在した競走馬と、馬たちが走った実際のレースを下敷きにして作られている。ほかの多くの競技と同様、競馬にも様々なドラマがある。それを題材にしているのだからおもしろくないわけがない。
 でも、それだけであれば、上に挙げた「けものフレンズ3」と同じ道を辿ってもおかしくはなかった。ストーリーとキャラクターを楽しみ、やりこみはそこそこ。そうならなかったのは、また別の理由があるからだ。
 それはひとえに、このゲームのメインコンテンツにあたる「ウマ娘の育成」が、やたらと難しいことにある。いや、難しいというのは適切ではない。結果を天に祈るしかない、というほうが正しい。
 ウマ娘の育成がうまくいくかどうかには、多分に運が関わっている。ウマ娘の育成にはいくつかのステップがあるのだが、そのすべてに確率が絡むのだ。確率で決まる様々な要素がうまく噛み合ってくれないと、強いウマ娘は育てられない。運が向いてこなければ、そもそも育成を完了できないことさえある。
 ちょっと詳しく説明してみる。
 まず、ウマ娘の育成を開始する前には、2人の「継承ウマ娘」を選択する。継承ウマ娘から育成ウマ娘には、「想い」という形で様々な因子が受け渡される。因子には、ステータスを上げるもの、レース中に使用するスキルを習得できるもの、バ場適正や距離適性、脚質適正を上げるものなどがある。強い因子を持つウマ娘を継承元に選ぶことで、育成ウマ娘の基礎能力を上げることができるが、受け継いだ因子がきちんと発現して、狙った能力が得られるかどうかは確率によって決まっている。欲しいスキルの因子を持っているウマ娘を継承元に選んだとしても、そのスキルが獲得できるかどうかは運任せである。継承されやすくする方法はあるけれど、それでも獲得できないことも(しばしば)ある。
 継承元のウマ娘を選んだら、次は6人のサポーター(練習をサポートしてくれるウマ娘)を選ぶ(正確には、「サポートカード」とよばれるカードを選ぶのであるが、実質的には特定のウマ娘が練習を手伝いに来てくれると捉えて問題ないので、ここではサポーターとよぶ)。サポーターには、一緒に練習することでその練習の効果(具体的にはステータスの上昇量)を高めてくれるはたらきがある。しかし、そのサポート効果にも確率がからむ。ウマ娘が行う練習には「スピード」(ラストスパート時のトップスピードに影響する)、「スタミナ」(持久力に影響する)、「パワー」(競り合いの強さや加速力に影響する)、「根性」(競り合い、ラストスパート時のスタミナ消費を軽減する)、「賢さ」(コース取りやレース中のスキルの発動率に影響する)の5つがあって、毎ターンごとにいずれかを選んで練習するのであるが、どんなウマ娘に育てたいかによって、どの練習を重点的に行うかは違ってくる。スプリンターを育てたいのであればとにかくスピード重視でスタミナはそんなにいらないけれど、ステイヤーを育てたいのであればスタミナを伸ばしてあげる必要がある。だから、ステイヤーを育てるときはスタミナ練習をたくさん行いたいのだけれど、問題は、必ずしもスタミナ練習にサポーターが集まってくれるとは限らないことだ。サポーターは、育成ウマ娘の練習についてきてくれるわけではなく、5つの練習のどれかの練習場にランダムで現れる。だから、スタミナ練習をしたくてもそこにサポーターがいなくてサポート効果を受けられず、結果としてあまりステータスが伸びない、ということが起こりうる。逆に、4人も5人も集まってくれて大きな練習効果が得られることもあるけれど、どちらに転ぶかは完全に運である。
 また、サポーターはときどき、知っているスキルを教えてくれることがある(今からスキルを教えるよ、というサポーターにはエクスクラメーションマークがつく)けれど、サポーターが知っているいくつかのスキルのうち、どれを教えてもらえるかも運である。さらに、スキルは一緒に練習しないと教えてもらえないため、都合よく伸ばしたいステータスの練習に現れてくれなければ、ステータスの強化とスキルの獲得と、どちらかを諦めて練習することになる。ここが噛み合うかどうかも運だ。
 さらに、一緒に練習を行うごとに各サポーターと「絆ゲージ」がたまっていき、それが一定値を超えるとサポーターと「友情トレーニング」という一段回上の練習を行うことができるようになるが、ここにも運がからむ。サポーターにはそれぞれ得意練習が決まっていて、その得意練習の練習場にサポーターが来てくれたときのみ友情トレーニングが発生するが、さっき書いたようにどの練習場にサポーターがやってくるかは運である。なかなか得意練習に現れてくれなくて、友情トレーニングによるステータスの上昇を得られないこともしばしばある(逆に、大勢と一緒に友情トレーニングが発生して普通の練習5〜6回分ステータスが上がるということもある)。それ以前に、なかなか練習に顔を出してくれず、絆ゲージがスムーズにたまらなくて友情トレーニングが発生しないということもある。
 このように、ウマ娘の育成では練習自体が効果の不確定なものになっていて、狙い通りにステータスを伸ばしていくのも一苦労なのだ。
 練習ばかりではない。練習以外の選択肢にも運がからんでいる。ひとつは「お休み」。練習を行うとウマ娘の体力が減っていくので、ときどきお休みをして体力を回復させなければならないが、休んだときの回復量はまちまちで、ほぼ完全に回復することもあれば、練習1回したらもう休まなきゃいけないくらいにしか回復しないこともある。両者では練習できる回数に差が出るため、結果として育成後のステータスにも差がついてしまう。さらには、休んだせいで練習に影響の出るバッドステータスを獲得したり、練習効果を目減りさせるやる気の低下が起こったりする。選択肢とは別にランダムで発生するやる気低下イベントが重なってしまった場合など、育成を断念しなければならないくらい深刻な事態に陥ったりする。休んだせいでだ。
 また、育成中は練習ばかりしているわけにもいかず、レースにも出走しなければならない。必ず出走しなければいけない目標レースがあるのに加え、ファン数(競馬でいう賞金額だが、ゲーム内では穏当なパラメータになっている)やスキルポイント(サポーターなどから教えてもらったスキルを実際に習得するために必要なポイント)を稼がないと強い育成ができないからである。しかし、これもなかなか難しい。さきほど書いたように練習へのサポーターの参加がランダムであるため、レースに出たい場面で3人同時に友情トレーニングができる状態になっているようなこともあって、練習を選べばステータスは大幅に上がるけれどファン数やスキルポイントが足りなくなる、逆にレースに出ればファン数などは足りるけれどステータスの伸びが悪くなる、といった二者択一を迫られることもある。またステータスが十分でも枠順が悪いなどの理由で負けるときは負けるので、ステータスを諦めてもレースに出たものの負けてどっちも手に入らないみたいな救いようのない状態になってしまったりする。
 こんなふうに、ウマ娘の育成は泣けてくるほど運に左右されるタスクで、20人、30人育ててやっと1人、他のプレーヤーとの試合に出しても勝てるウマ娘が育てられるくらいのものである。しかも、そんなウマ娘でさえも、ステータス、スキル、適正すべてが完璧になることは奇跡でも起こらない限りない。ステータス配分はばっちりだけど欲しいスキルが揃わなかったとか、スキルは十分だけど距離適性を上げることができなかったとか、スピードスタミナはうまく伸ばせたけどパワーがいまいちとか、逆にスピードがいまいちとか、ほとんどの場合どこかしら「足りないところ」を残してしまうものである。強い因子を持つ継承ウマ娘を揃える、強いサポーター(サポートカード)を揃えることによって、育成の平均値を上げることはできる。だけど、手持ちの継承ウマ娘とサポーターによって理論上育てることのできる「最強のウマ娘」は、現実的には育てられない。それくらい、不条理なゲームなのだ。
 この難しさが、しかし、逆説的にこのゲームから抜け出せなくなる理由なのである。ただべらぼうに難しいだけなら、心が折れて「もういいや」と投げてしまっていたと思う。しかし、ウマ娘の難しさは、「確率のからむがゆえの難しさ」だから、逆に言えば、「奇跡が起これば」一発逆転できる余地が残されている。理論上は可能ということは、数億分の1%でもそれを引き当てられれば最強のウマ娘を育てられるということだ。そうなると、その奇跡が起きる可能性にかけて、育成を開始せずにはいられない。次こそは、次こそは、次こそは。そしてたまに、奇跡のようなもの(無敗の三冠湯けむりライスシャワー)が起きる。と、「また起きるんじゃないか」という期待がスマホに手を伸ばさせる。こうして、ずぶずぶと沼にハマり、時間を溶かされていくのだ。
 こうして書いてみると、これはほとんど、競馬にお金を溶かす人々の心理と同一なのではないかと思えてくる。お金が時間に変わっただけだ(というかアプリゲームだからお金を溶かしている人もいるだろう)。
 競馬をモチーフにしたゲームが、競馬と同じメカニズムで廃人を作り出している。もし意図してこんな作りにしたのだとしたら、運営はかなり賢くて怖い、と私は思う。

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