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モンテ・クリスト伯感想 22

ネタバレ含みます。

海へ。


父親の過去を知ったアルベール。

モンテ・クリスト伯は浮かない様子の彼を旅へと誘う。

アルベールから、メルセデスの息子への愛情と伯爵への敬愛の言葉を聞いた時、伯爵は思わず顔を背けた。

人間らしさを取り戻しつつある伯爵。

 自分に親愛と敬意を表してくれる相手を傷つける事は苦しい。しかし、仇敵に復讐するためには避けられない道だ。

 メルセデスを許し理解してしまえば、復讐するために戻ってきた、その意味が揺らいでしまう。

 この章には、そんな迷いを断ち切るような伯爵の言葉がある。

いつも変わる女ごころ、と、フランソワ1世が言っていますよ。女は波のごとし、と、シェークスピアも言っています。(略)二人とも、女というものをよく知り尽くしていたと思いますがね。※1 p.101

ここでのアルベールの反論。

 そうです、一般の意味での女でしたら。ですが、母は一般の女ではなく、ひとりの特別な女なのです。(略)つまり母は、なかなか人に心をゆるしませんが、いったん心をゆるしたとなったら、永久変わらないということなんです。※2 p.101~p.102

 伯爵はこの言葉にため息をつく。

まるで、メルセデスに見つめられているかの様に。

これは、自身の心の中にある善性との葛藤。

自分は裏切られたと思っていた。しかし、自分は愛されていたのではないか。自分の誤解だったのではないか。

仕方ない状況だったのではないか、やはり許せないと思うべきか。

この物語では、この後「命乞いをする哀れな女性に、冷酷な結論を告げられるのか」という分岐点が発生する。
後半のクライマックスだ。

そのときに伯爵が選んだ道は。

そして、その結末は。(皮肉な事にその場面の伯爵は、冷酷な復讐の亡霊から完全に人間へと蘇生している。)

 

さて、最高の余暇を過ごしているアルベールの元へ、最悪の事態を知らせる早馬が辿り着いた。

父への復讐が息子にも苦悩として降りかかる事に対し、伯爵は思わず哀れみの言葉をつぶやく。

アルベールは、もたらされた事実に打ちひしがれ椅子へと倒れこんだ。

しかし、伯爵は父親の厳しさを思わせるような強い口調で馬を用意せよと命令する。

その言葉に叩き起こされるように、アルベールは立ち上がる。

この場面の伯爵の優しさが示すもの。

人は、生まれ持った性分を変えることは困難だ。植物が常に太陽へと枝を伸ばすように、自らが望む生まれつきの「生き方」というものは変えられない。

生命が持つ方向性というものは、いかなる論理でも押さえつける事が出来ない。

じわじわとダンテスの人間性が、伯爵という復讐の殻を破ろうとしている。


モンテ・クリスト伯という一人の魅力的な人物は、いわば理想の権化のような存在であると同時に、ありのままの人間でもある。

変わりたくとも変われなかった、人間らしさを捨てる事のできなかった人間の物語だ。

 

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モンテ・クリスト伯の感想です。 1巻から7巻まで、感想と個人的な思索をまとめました。

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