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とてもみぢかい

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短くて身近なちょっとしたこと
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2019年5月の記事一覧

わたしはまぎれもなくフリーター。フリーだ、自由だ。それでいったい、自由のなにが悪いっていうのだ。将来性?わたしは生きることをなによりの課題にしているだけなのに。生無しにして、与えられる将来は無い。生きてさえいればハナマル、だってもう死ぬ以外どうってことないわたしだ。

文章にするでも誰かに話すでも手段はどうであれ、わたしはわたしを言語化していないとふわふわしてしまうので。このうようにさまざまなことばに落とし込んでいるわけで。湧いて流れるようなことばよりも、ぽつりぽつりと丁寧に置いていくようなことばのほうがよっぽどだいじな気がする。

どうしたら「うまく」生きられるのだろう。べつに「うまく」生きなくたっていいんだろうけど、世間体や周りの目、他人の期待がずっとわたしの背中をやさしく押している。「うまく」生きれなかったらさみしいのかな、さみしい人間かな。やりたいことはたくさん、でもどうしたらいいんだろう。

わたしの知っている場所で、なんでもない朝に、わたしより幼い人間が51歳の男にころされて、死んでしまって、もう生きれなくて、11歳。無言で刺された幼い人間たち、いのちがあっても、これからを生きるのはきっとつらい。男は、今日の朝まで、51年間生きていた。なんでなの?ずるいよ

夜行バスから降りたとたん、どたばたと日々が過ぎ、京都での生活や出会った人、語らったことなどもぜんぶ、まるで夢だったかのように思う。なにかこうぽわぽわとした、重さや感触のないものになってしまった。それくらいちょうどよくからだになじみ、かろやかに、ここちよく、いまも体内を巡っている。