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【004】おしぼりの役割を再考する

2013年1月22日にオープンした六角堂は、今月で12周年。2024年4月に夫の会社から私の会社へと経営・運営を受け継いでから8ヶ月ほど経ったが、日々お店を開けながら、その長さと重みを改めて感じている。
今までカフェで続けられてきた残したい&続けたいものを記す「100のおぼゑがき」。今回は、オープン当初から変わらずに続けている、おしぼりの話をしてみたいと思う。

六角堂外観

おしぼりの役割

六角堂ではオープン当初から、お客様にお出しするおしぼりを、毎日自分たちで用意してきた。くるっと丸められた濃い緑色のハンドタオル。夏はひんやり、冬は熱々で。一般的なレンタルおしぼりよりも分厚くて肌触りがよく、きつい薬剤や甘ったるい洗剤の匂いがしないのも気に入っている。

ちなみに、夫も私も柔軟剤や芳香剤が苦手だ。化学物質過敏症で嗅覚が犬並みの夫に比べると私の鼻は効かないほうだが、それでも人混みなどできつい香りをかぐと頭痛がしてくる。特に市販の柔軟剤はどれも、甘ったるい花のような人工的な香りがまとわりつくので、食事の前に嗅ぐと気持ち悪くなってしまう。香り高いコーヒーやサンドウィッチを提供しているのだから、この辺は変な匂いがしないほうが好ましい。

ここで、chat GPTに、おしぼりの必要性と役割、効果について聞いてみた。

おしぼりは、日本の飲食店で提供される特徴的なサービスの一つであり、その必要性と効果は多方面から評価されます。以下では、衛生面サービス面、さらに文化・心理的効果に加え、提供方法の違いについて解説します。

1. 衛生面
おしぼりは、食事の前に手を清潔に保つ手段として大きな役割を果たします。特に外出先では手が汚れている可能性が高く、食事の直前に清潔を確保することで、病原菌や汚れが口に入るリスクを減らします。
さらに、温かいおしぼりは手の皮脂や汚れを効果的に取り除き、冷たいおしぼりは汗を拭き取るのに適しており、季節や状況に応じて適した形態で提供されることが多いです。

2. サービス面
おしぼりは単なる衛生用品ではなく、もてなしの心を象徴する存在です。快適さの提供:温かいおしぼりでリラックス効果が得られるほか、冷たいおしぼりは夏の暑さを和らげます。これにより、客は気持ちよく食事を始めることができます。
高品質な印象:おしぼりを提供することで「サービスが行き届いている」と感じさせ、店全体の評価向上につながります。
特別感の演出:使い捨てのおしぼりよりも布製のおしぼりは高級感を与え、高価格帯の飲食店では顧客満足度をさらに高めます。

3. 文化・心理的効果
おしぼりは日本独自の文化ともいえ、訪日外国人には特に好意的に受け取られることがあります。日本の「おもてなし文化」を象徴し、手軽に体験できるサービスとして注目されます。
また、心理的に「リセット」の効果もあり、忙しい日常から少し切り離されてリラックスするきっかけとなります。

4. 提供方法の違い
おしぼりには、提供方法や形式の違いがあり、それぞれの特徴があります。⚫︎使い捨ておしぼり(紙製・不織布)
メリット:衛生的で手軽。提供コストが低い。
デメリット:質感が簡素で、高級感に欠ける。
用途:ファーストフードやカジュアルな飲食店で一般的。

⚫︎布製おしぼり
メリット:高級感があり、温かさ・冷たさを持続しやすい。
デメリット:使用後の洗浄が必要で、コストが高い。
用途:高級レストランや旅館で使用されることが多い。

⚫︎専用ケースでの提供
特徴:見た目の清潔感と温度維持機能を兼ね備え、食事前の期待感を高める。
用途:高級店や特別な場面で使用。

結論
おしぼりは、衛生管理とサービス品質向上を同時に実現する重要なツールであり、日本の飲食業界のもてなし文化を支える要素です。提供方法や質によって、店のイメージや顧客体験に大きく影響を与えます。そのため、店舗のコンセプトやターゲット顧客層に合わせて適切な選択を行うことが成功の鍵となります。

チャットGPT

…さすがのチャットGPT。提供方法の違いについても明確に説明してくれている。

おしぼりのトレーサビリティ

チャットGPTにも触られているが、布製おしぼりはどうしてもコストが高くなる。オープン当初、レンタルの布おしぼりを検討したこともあった。広く貸し出されたおしぼりたちは、一緒に集められて洗浄・殺菌される。衛生基準をクリアするため、洗浄工程も多く、強い薬剤が使用される。常に薬くさいのはそのせいだ。それに、たまに信じられないくらい臭いおしぼりにあたった経験も少なからずある(あれって体液ぬぐったやつだよね…)。もちろん、衛生基準を満たしており、原則的に検品はされているはずだが、どこでどんな使われ方をしてきたかはわからない。

全てのことを全部自分でしていたら日が暮れてしまう。手間をかける代わりにお金を払って解決できることはたくさんあると思うが、このおしぼりに関しては、不可視なまま他人任せにするのはどうにも気持ちが悪かった。

おしぼりの作り方

おしぼり専用の洗濯機で洗った後、専用の乾燥機に入れ、乾燥しきったら細かな糸くずをコロコロで取り除き、綺麗に重ねてストック。前日仕込みの際に、翌日使用する数を想定して準備し、浄水に浸して固く絞り、くるくると丸めた状態で冷蔵庫で一晩寝かす。
夏はその冷えたままのものを出し、冬はおしぼりウォーマーで温めてから提供する。冷蔵だけの場合、その日使いきれなかった分は翌日までは持ち越して利用するが、一度温めてしまったものは未使用でも洗濯に回す。
ちなみに、お店では洗濯も食器洗いも天然ココナツ洗剤を使用しており、洗い上がりの匂いはあまりしない。

浄水につけたおしぼりを丸める工程。白いアイスバットに入れ(1バット約30巻入る)て前夜に冷蔵して仕込んでおく。

「止める」という意見も出た

リニューアルに際し、カフェスタッフの多くが夫の会社から移籍してきてくれた。私よりも全然お店のことに詳しい彼女たちから、たくさんの作業やオペレーションについて教えてもらい、4月1日以降は、継続すべきことや改善したいことなどを、ひとつひとつ洗い出して検討していった。

そんな中で、「おしぼりの準備が負担」という声があった。先に挙げたような洗濯→乾燥→コロコロ→仕込みの手順があり、ある程度洗濯機や乾燥機などの機械に任せられる部分はあるにしても、毎日最低30分程度はおしぼりに時間を費やすことになる。また、洗濯機と乾燥機は別なので、洗い上がりを放置してしまうと菌繁殖につながるため、洗い上がったらすかさず乾燥機に入れねばならない。洗い上がりを逆算して片付けや仕込みをする必要がある。営業がある日は、欠かさず毎日、である。

これをスタッフから聞いた時、確かに大変そうだな…レンタルおしぼりはしないけど、使い捨ておしぼりを買うという方法もあるな…と、一瞬頭をよぎった。
しかし、実際にやってみると「こんな手間を11年休まずに続けてきたのか…」と感心せずにはいられなかったし、「これは続けるべきものである」という確信に至った。

効率とは何か

なぜ続けようと思ったかというと、この手間が、とても効率の良いことだ!と思ったからだ。効率とは、業務量とそれをこなすために消費されるエネルギーの割合のこと。 より少ないリソースと時間で、より大きな成果を上げられたら、それは効率が良いということだ。

カフェにおける成果とはなんだろう。お客様がカフェにいる時間を、心からくつろいで楽しんでくださることだと思う。その最初の段階…席にご案内して最初にお出しするものによって、そこでどんな時間を過ごすかが左右されると言っても過言ではないだろう。
薬臭いのは論外だとして、ペラペラの使い捨てよりも、ふんわりと重厚感のある、ひとつひとつスタッフの手で仕込まれたおしぼりのほうが、圧倒的におもてなしの気持ちをのせられるし、オリジナルの体験価値になる。

そう考えると、「仕込み」は全て、時間や思いを溜めておく行為なのだ。出会い頭、その瞬間にできることには限りがある。だからこそ、素材を吟味し、時間や工夫を重ねて思いを込め、準備したものを出すことに意味があるのだ。そう、仕込みを丹念にやるということは、とても効率が良いことなのだ。

…それで思い出したが、弊社では創業当初から年賀状を手書きしている。ここ5年はさらに手間をかけ、ハガキから作る手のこみようだ。年賀状終いをする個人・会社も増えたからこそ、とことん手間をかけて物理的な紙のメッセージを届ける、この一見非効率な行為こそが、スペシャルな意味を持つと信じている。

おしぼりコロコロ。乾燥機から取ってきて、アルコール消毒したテーブルの上で粘着ローラーでコロコロして糸くずなどを除去。

おしぼりで何を表現しているのか。「匂い」から考える

大抵は、閉店まぎわに洗濯をしに行き、前日の乾燥済みのミニタオルを回収してコロコロする。一人ひとりの、まだ見ぬお客様を想像しながら、その作業をやっている。素敵なカフェ時間になりますように。とても些細なことを、一枚一枚。…ハガキにせよおしぼりにせよ、私はとにかく「枚」で数えられて重ねられるものが好きらしい。

おしぼりは手を拭くものだし、最初にお出ししておもてなしの意を伝える格好のアイテムだが、それ以外にも大切な機能や役割があると感じる。う〜ん、何だろう。ここで、唐突ではあるが、「匂ふ」という言葉から考えてみたい。

古代の日本では、「匂ふ」という言葉は、現代のように香るという意味だけでなく、そこから受け取れる色彩や華やかさ、艶やかさなども内包される、美感のひろがりを持つ言葉だった。人間国宝・志村ふくみさんの生涯をかけた色への探究と、小さなカフェの些細なおしぼりルーティンとを並べるのは無礼千万にも程がある!が、無謀にも共通点をいくつか挙げてみたい。

このところ紫と共に明け暮れしている私にとっては、色と匂いは一体になって身に浸みてくる。棒の灰汁と紫根の絞り汁との間を行きつもどりつ、十数回と染めかさねてゆく中に、いつしか紫は黒ずむまでに濃く染まり、いよいよ最後の灰汁づけによって、色を定める。即ち、青味の紫は、粋で繊細であるが、どこか不安げであり、赤味がちの紫は情が厚く、野容にもなれば、格調高い古代紫にもなる。すべてこちら側の微妙な心情の反映である。
(中略)
しかし、ひとたび裂となり、着物となって人の体をつつむとき、匂いはほろび、深く染めこんだ紫の根の匂いが増えたとき、深々と底の方から「匂ふ」のである。
かつて私は桜の幹に宿した生命の色をいただくといったことがあるが、すべての植物は固有の匂いを宿し、色と一体になって染上ってくる。その匂いが色によって昇華された時、はじめて晴れやかに匂い立ち、美しい色をこの世にとどめる役を果して消えてゆく。

語りかける花 紫匂ふ(志村ふくみ) 

ひとつひとつの作業は常に素材に何らかの作用を与え、その経過でまた影響を受けて、作業者の心が動かされる。それが繰り返されてある役割に行き着く。自然物も人も、素材には固有の匂いや色があり、引き出し方によってはその印象や役割すら変えることもあるだろう。
六角堂のおしぼりが、適切に仕込まれ、お客様の手を包むとき、ほんのりかすかなココナツの香りの奥から「匂ふ」ものはなんだろうか。たとえば、ようやく腰を落ち着けられた「充足感」かもしれないし、これから始まる時間への「期待」かもしれない。一つひとつくるくると巻き上げているのは、手渡すその方の充実したカフェ時間を保証する虎の巻なのだ!…などと思いながらやっていると、もうどんな作業も愛しくなってしまう。

振り返れば、以前はもっと非効率だった

そういえば、2013年のオープン当初は、ポータブルな洗濯機や手回しのものを使って毎晩洗濯し、お店の2階にずらーっとおしぼりを干して帰るのがルーティンだったはず。それに比べたら今は、専用の全自動洗濯機があり、しっかり乾く乾燥機もある。乾燥機のフィルターのお手入れをマメにやればそんなに毛玉はつかないから、コロコロの時間だって短縮できるのだ。当初に比べたら環境ははるかによくなっているし、賢くやればそんなに負担にはならない。

おしぼりに関する手順はスタッフ間で分業&リレーされているため、オーナー兼店長の私のおしぼりへの関与は、徐々に少なくなっている(ちょっと寂しい)。現在は、乾燥機からの回収とコロコロのみになりつつあるが、それでも、込められる思いはある。

世の中では、非効率と思われるものをアウトソーシングするのが賢いように言われるきらいがあるが、私はどうにもそれがしっくりこない。…自分でできるはずのことを把握できず、やり方もわからず、人任せにしてしまったら、もったいない。どんなものが、どんなふうに相手に供されるのか、素材と方法についての興味を常に持っていたいし、できるだけそれらを活かしたい。もっと素敵なやりかたを探りたい。そしてその過程はめちゃくちゃ面白いなと思う。

籩豆の事は、則ち有司存す。(籩豆之事則有司存/へんとうのことは、すなわちゆうしそんす)
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上に立つものは、祭壇に備える果物などを盛る器をどうするかというような小事については、その担当者に任せておけばよい。上の人には別にすべき大切な事があるはずだ。(by曾子)

論語 泰伯第八 191

素材はいいのに渡し方が台無しということもあるだろうし、見た目はいいのに中身がイマイチと感じてしまうこともあるだろう。まだまだ至らぬことばかりの運営だが、ただ評するのではなく、常に改善方法を探り、実践する人でありたい。どうせ器は小さいので。マイクロマネジメント万歳!
些末な話にお付き合いいただき恐縮です…。

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