スピード、ハッタリ、ショーニンヨッキュウ
ソフトに病んでいる間に8月がきてしまって、スピードについていけない。
世では、それはもうものすごいスピードで未知のウイルスが感染拡大している。皆数年前に起きた、幻のツチノコのような、魔法の細胞が実はなかったということで連日連夜報道されていたことなんて忘れている。
当時騒がれていた「リケジョ」という言葉がある前から理系だった旧友に、ゴシップ好きのマダムの如く「あの細胞、ほんまにあるんかえ」と聞いたら「論文見ないと、なんとも」と至極真っ当なことを言われて苦笑されたのを思い出した。ど文系の私でも割烹着はないやろ、とぼんやり思っていた。
ちょうど同じ時期だろうか、海を渡った向こう側で「第二のスティーブ・ジョブズ」ともて囃されていた女性がいた。指先の血液、たった一滴で病気がわかる、と言う画期的なシステムを開発し、あの真っ黒なセーターを着て真っ赤なルージュを携えて笑うブロンドの女性。
もはや何をきっかけに彼女のことを知ったのか忘れてしまったが、いやはや科学技術の進歩は目覚ましいものがありますね、と思っていたら、それはもうものすごいスピードで嘘だったことがわかり、現在も裁判が行われている。
そんな彼女を題材にした、「ドロップアウト シリコンバレーを騙した女」というドラマを見た。
彼女が大学を辞め、起業し、一躍スターになるところから、凋落していくまでをミニシリーズで丁寧に描いている。iPodや当時を彩る音楽が挿入され音楽好きとしては懐かしい気持ちでいっぱいになったと同時に、彼女のイメージ戦略にほぇーと口をあけて見てしまった。
彼女の徹底した外側だけの戦略は、遠く遠く遠く離れた場所から見ていると少しやり過ぎだと笑ってしまうくらいなのだが(黒いセーターに緑色のスムージーがトレードマークらしい)、やはり投資家や大物政治家は信じたいという気持ちの方が大きかったのだろう。それが事態を大きくさせてしまった。資金調達や会社が大きくなればなるほど、それを手放したくないという気持ちが大きくなっていく。会社の徹底した秘密主義は、裏を返せば不正の巣窟だった。
最終話では、もぬけの空になったオフィスで、会社の弁護士だった女性が、主人公に詰問する。それでも彼女は謝らないところに、さすが訴訟の国だなと少し思うと同時に、最初に出会った彼女の指導教授が「これから起業する女性はどうなるの」と言う。彼女が残した負の遺産は大きい。
バイオテクノロジーということで関連しているかなと思い、黒木登志夫先生の「研究不正」も読んだ。ドロップアウトの彼女はもはや研究者ではないのだが、どうしてこういう不正を働いてしまうのか、その心理が少しわかった気がする。
本書の中に、実際に研究不正を行った研究者が分析をしていて、こんな一節が記されている。
本作品でも同じことが言える。一度掴んだ栄光はいつ崩れてしまうか心配になり、嘘に嘘が重ねられてしまう。レールから外れないように、列車を走らせるが、元からそんなレールはなかったのだ。
そんなことを思いながら、そういえば、学歴を偽った容姿のいいコメンテーターは今どうしているのだろう、とふと懐かしくなった。誰も彼のことなんて気にもせず、次のターゲットに移っている。