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拝啓、3人の葵へ 第2話

 かおるちゃん、おげんきですか?
 わたしはいま、M町にあるM小学校に通っています。左ききってだけで、わたしはつまらないいじめをうけました。
 なんで、みんな右手で字がかけるんだろう。

 はやく、かおるちゃんと遊びたいです。来週は、T町に買い物にいくので、かおるちゃんと遊びたいな。

 わたしは転校してから一か月に一回、薫ちゃんに向けて手紙を書いた。それを母に渡すと、母がポストから送ってくれるらしい。
 返事は送ってから一か月後に必ず戻ってきた。わたしは可愛いうさぎ柄の封筒を開けるのが楽しみだった。

 新しい学校では人に馴染めず、わたしには薫ちゃんしか友達がいなかったので、孤独な日々を送っていた。
 新しい家の周辺に同じ年代の子供は確かにいたが、みんな男の子だったし、ゲームをやっているせいで外には殆ど人がいない。もう一軒となりに行くと年寄りしかいないので会話にもならない。あと、怖いハスキー犬と、大きな柴犬が時々大声でウォンと吠えた。それが怖くて、私は以前のように外へ行くことが減った。 
 引きこもりというのだろうか、あれだけ毎日シロツメクサを集めて、薫
ちゃんと公園でブランコに乗ったり走り回っていた日々が懐かしい。


 ◇ 

「薫ちゃん!」
「葵ちゃん!」

 わたしは、大事な友達との再会に泣きながら抱きついた。兄貴は薫ちゃんって誰だ、といつも聞いてきたが、わたしがこんなにも毎月文通している相手もわからないのだろうか。
 母に聞くと「ちゃんとポストに入れたから、そのうち薫ちゃんから返事が来るよ」と言っていたので、わたしはそれを信用していた。

 ただ、薫ちゃんは他の人には見えないらしい。今もT町に戻ってきたものの、周囲には誰もいない。薫ちゃんから、お手紙でわたしひとりで来て、と書いてあったのだ。

「今日は、葵ちゃんを初めて家に呼ぶよ」
「え? 本当? やったあ、薫ちゃんのお家って初めてだね」
「うん。私も、”ひと”を入れるのは初めてかな……」

 薫ちゃんに招かれた場所は、とあるジュエリーショップの裏庭にある小さな3棟続きの赤い屋根の平たい屋根の家だった。
 なんだ、ちゃんと普通の家じゃないか。兄貴はいつも「薫ちゃんなんてのは存在していない」とわたしのいう事を否定していたけど、父と母はきちんとわたしのお友達を認めてくれていた。
 だって、手紙にしっかり返事も来ていた。一か月後に届くうさぎ柄の封筒は薫ちゃんじゃなかったら、いったい誰が買うんだ。

「葵ちゃん、元気ないね。やっぱり、いじめられているから?」
「ううん、そんなのはどうでもいいんだ。薫ちゃんに会えてうれしいよ」
「やっぱり、葵ちゃんをM町に帰したくないな。今日は泊まっていきなよ。おかあさんには連絡しておくから」
「わたしもそうしたいんだけど、おとうさんが明日仕事なんだ。だから、お泊りしちゃうと、わたしが帰れなくて迷惑かけちゃう」
「大丈夫だよ、私が葵ちゃんを送るから。今日は泊まって、ね?」

 黒縁眼鏡の先にある一重が優しく微笑んだ。わたしの大好きな薫ちゃん。あっちに戻ってもわたしの味方は誰もいない。友達もいない。だったら、今日くらいここで薫ちゃんと一緒に懐かしい話をしたって、怒られないよね?

「ありがとう、薫ちゃん。実はね、わたしにやっと友達が出来たんだ」
「え……?」

 新しい学校に確かに友達はいなかった。それでも、私と同じ波長で漫画やゲームが好きな変わった子がひとりだけいて、そのはぐれ者のような子と時々遊ぶようになった。
 薫ちゃんと外で遊んでいた頃とは何か違うが、その子は空気のような存在だった。一緒に居て気楽。会話は殆どないが、たとえるなら空気。しかも、わたしの部屋で遊んでいるのに、わたしはゲーム、その子は週刊雑誌をベッドに寝っ転がって読みふけるという話だ。
 久しぶりに薫ちゃんに会ったので、わたしは薫ちゃんからも進級して新しい友達が出来たんじゃないか、という話が聞けると思っていた。けれども、わたしが想像していたものとは違い、薫ちゃんは眉を寄せて今にも泣きそうな顔をした。シロツメクサの冠を作らないと言った時と同じ顔だ。

「薫ちゃん、どうしたの? ご、ごめんね。わたし、悪いこと言った?」
「ううん。葵ちゃんは悪くないの。私だけが葵ちゃんを追いかけていたんだね。そうだよね、葵ちゃんは、もう転校しちゃったから、私のこと、必要ないんだよね」

 必要ない、そんなわけない。
 必要とか、必要じゃないとか、そういう話じゃない。
 わたしにとって、薫ちゃんは大切な友達で、これからもずっと変わらない。
 そう思っていたのに、わたしは急激な眠気に襲われてそのまま眠っていたらしい。



 次に目覚めたのは自分の部屋のベッドの上だった。薫ちゃんの家に泊まったはずなのに、わたしはT町に行って、さっきまで薫ちゃんに会ってきたのに、その話をしても誰も信用してくれない。
 あれだけ毎回薫ちゃんに送ってくれたはずの封筒を母に見せても、母は首を傾げていた。それもそうだ、わたしは、薫ちゃんの住所なんて知らなかったのだから。




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