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救国の巫女と破滅の騎士〜その1〜 葵の忘却のアポカリプスより

救国の巫女と破滅の騎士〜その1〜 
2928文字

フレイア】の団長室に呼び出しを受けた金髪の騎士は、少し落ち着きない様子で巨大な扉の前をウロウロしていた。扉にかける手を何度も躊躇して小さな溜息をつく。
ここに呼ばれるのは、城下町で貴婦人らの揉め事に巻き込まれて騒動になった時のみ。
叱咤されるような問題は起こしていない。──あくまで、最近の話だが。
「──入れ」
此処に居るとだいぶ前から悟っていたのだろう。嫌な男だ、と内心舌打ちをするとそれも悟られたのか中からクッと小さく笑う声が聞こえた。

二つ規則正しいノックをして重々しいドアノブを回す。
「……リーシュ=フォレスト入ります」
「お前に重要な任務が下された」
間髪入れずに抑揚のない声でそう話す【フレイア】団長、ヴィクトール=キーファ。
「で、何を狩るんですか? また“招かれざるもの“が出たとか?」
「いや。お前と“招かれざるもの“は暫く接触禁止となった」
「はぁ!? 何でだよ!」
団長の前であろうと態度を変えない彼がガントレットをつけたままテーブルをバンと大きく叩くと、綺麗に並べられていた大量の資料が赤い絨毯にバラバラと舞い落ちた。
この場でいくら怒りを露わにしようが、団長には全く響かない。そもそも、“招かれざるもの“と彼の接触を禁じたのは【ストラテジー

しかしリーシュが声を荒げて怒る理由は尤もだ。“招かれざるもの“をアルカディアから一掃する力をつける為にわざわざ大嫌いなエデンまで出向いたと言うのに、それを禁止にされては。
「俺の生きる理由を消したいのかよ」
「お前に重要な任務が下された」
はっ、と思わず吐き捨てる。まるで話にならない。先ほどと同じ言葉を瞬き一つせずに告げるヴィクトールの態度に舌打ちをして大理石で造られたテーブルを蹴飛ばす。
「それはさっきも聞いたっつーの」
「こ、こら……貴様、団長に──」
剣に手をかけようとしている副団長を片手で諌め、ヴィクトールは落ちた一枚の資料を拾い上げ、ぽんとリーシュに渡した。
「お前には、クレセント大神殿に行ってもらう」
「盾のおっさんがいる所か」
クレセント大神殿と聞いた瞬間リーシュの眉間が歪む。唯一勝てなかった相手がそこに居るのだ。
相手は御歳六十七になる初老の騎士だが、屈強なる肉体と、彼の持つ《魔装具》の不思議な能力は、未だかつてSクラスの“招かれざるもの“以外破った者はない。ヴィクトールでさえも。
《堅盾のウォルト》──彼が居る間はクレセント大神殿が襲われる心配など皆無だ。
「巫女様がお前を護衛に、と指名されたのだ」
「女を守れって何から? まさか蛮族相手じゃねえよな」
自分自身女性関連のトラブルが多いので、笑いながら冗談で言ったのだが明確な否定が来ない。流石のリーシュも顔を引き攣らせた。
「……マジかよ」










「ねー、ねー、エレナ。どっちの服が可愛い? リーシュは白が好きかなあ、それとも青? 女の子はピンクが好きって言うわよね、迷っちゃう」
ぬいぐるみが半分ほど占領しているクイーンサイズのベッドの上は大量の煌びやかなビスチェドレスで散乱していた。
クローゼットの中を片っ端から開けて、全身鏡の前で服を合わせてウキウキしている彼女はイリア=マグリアス。
布団にくるまって眠っていたモフモフのエレナは何度も頭の上にイリアのドレスが飛んでくるので、窒息しないのうドレスの猛攻から逃げるのに必死だった。
「何を着てもどうせ変わらないにゃ。それに、何でドレスを探してるにゃ」
「分かってないなあ〜、だって、やっとリーシュに会えるのよ? あれから待ったと思ってるの。そりゃあ最高に可愛いわたしで会いたいじゃない。ああ、この白も捨てがたい」
「……勝手にするにゃ。──ニャ!?」
ベッドから逃げた瞬間、逃げきれなかったエレナの頭上に3着も服が飛んできた。ドレスの重みで流石のエレナも気絶する。
「エレナも真剣に悩んでよ〜。やっぱり白かなあ……一応、巫女っぽいし」
そこに居るのは《救国の巫女》と謳われる女性ではなく、久しぶりに会う彼氏とのデート服を探すひとりの少女だった。












「おう、若造よ。ご苦労、ご苦労」
わはは、と豪快に笑い、馬を飛ばしてきたリーシュの肩をバシバシ叩くウォルト。見た目はかなり温和そうに見える初老の騎士だが、一度戦場に立つとその顔は鬼神と化す。
労いの言葉とは真逆の並々ならぬ闘志と気迫がリーシュの喉を静かに押した。敵であれば、この気迫だけで息が吸えなくなりそうだ。
これが歴戦の騎士というものなのか、と格の違いを見せつけられる。
「俺宛の勅命って言われたんだけど、おっさん案内してくれよ」
とは言え、リーシュもそのビリビリした気迫を愉しんでいた。動じない大胆な佇まいに自然とウォルトの口角が上がる。
「相変わらずと言うか……お主は言葉遣いが最悪に悪いのう。黙っておったら貴婦人が放っておかないだろうに」
「黙っていなくてもトラブルまみれだよ」
一瞬の沈黙の後、ウォルトは再び豪快に笑い飛ばした。
「はっはっは! ヴィクトールもこれくらい浮いた話があれば良いのにのう。早く嫁の一人や二人見つけて儂に元気な子どもを見せて欲しいものじゃ」
そう言うとウォルトは愉快に笑いながら何の説明もなくさっさと神殿の中へ歩き出した。ついてこいという事なのだろう。
「ったく、じいさんは気が早えんだよ」
背後から強烈な殺気を感じ、リーシュはすぐさま馬をくくりつけようとしていた木から離れた。
すぐさまゴトリと馬の首が地面に落ち、地面が朱に染まる。
「ちっ……随分な歓迎だなこりゃ」
すかさず剣を抜き周囲を確認する──あれを咄嗟に躱していなかったら、今頃馬ではなく自分の首が落ちていた。敵らしい気配は一切感じなかったので、Aクラス以上の“招かれざるもの“または、相当な手練と思われる。
「俺はテメェらのご主人様に呼ばれて来たんだけど」
皮肉を言ってみたが辺りはしん、としたままだった。既にウォルトは神殿の中。応援は来ないだろう。
とはいえ、相手は暗殺者アサシン。クレセント大神殿周辺はリーシュの庭では無いので地の利を考えても相当部が悪い。

本気を出すか、奥の手を出すか、ともう一度張り詰めた空気と身構えた瞬間、目の前の空間が突然光る五芒星を描いた。
「な──ん!?」
「フニャ!?」
五芒星から飛び出した獣──それが丁度、リーシュの唇の上にぽすんと触れた。
「っ……なんだよ、このモップは!」
「お、乙女の“ふぁーすときす“を奪うなんて……とんでもない男にゃ、打ち首拷問ですまきにして海に沈めてやるニャ!!!」
「何が乙女なんだ、寝ぼけてんじゃねえよモップが」
「ムキーっ! イリアがイケメンって言うからちょっぴり期待したエレナがアホだったにゃ、こいつはクズにゃ、クズのゴミのアンポンタンにゃー!」
白いモフモフは早口にリーシュを罵り、全身から眩い光を放った。その瞬間、影がほんの一瞬浮かんだのを見逃すフレイアの騎士ではない。
ニヤリと口角を上げたリーシュの疾い剣が影を捉える。
『が……は』
急所を突かれ一撃で絶命した暗殺者は神官でも騎士でも無かったが、その死骸は──彼と同じ人間族ヒューマンだった。



自分メモ
推敲し過ぎたら色々纏まり悪くなったのでとりあえず(仮)アップ。まず忘れないように記録することをメインに。

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