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知性の招かれざるもの〜その1〜葵の忘却のアポカリプスより

知性の招かれざるものアウトサイダー〜その1〜



「神殿内に招かれざるものアウトサイダーの気配だと?    一体、【ストラテジー】は何をしておったんじゃ!」

憤慨する初老の男に意を唱える者はなく、真新しい青の神殿騎士の鎧を纏った青年騎士らはただ謎の敵襲来を告げる現実に怯えていた。
クレセント大神殿に居る神殿騎士ははっきり言うと飾りのようなもので、対招かれざるものアウトサイダーに対しての力を有していない。ウォルトを除いて。

彼女は不測の事態まで読んでメタトロン帝国からわざわざ彼を引き抜いたのだろうか?
傍観者に徹するつもりであったが、緊急事態にディオギスも重い腰をあげる。

「ウォルト卿、ここで吠えても仕方ありません。【ストラテジー】はあくまでメタトロン帝国内のみ機能しているものですから」
「わあっとる! 座標は」
「こちらで何とかします。卿はイリア様から離れないでください。万が一Sクラスの招かれざるものアウトサイダーであれば──」
「何を言うか! イリア様の所にはエレナがおろう。こやつらは実戦経験が皆無。儂が先に打って出る。マグリアス様やカシム様に何かあっては遅い。それに、イリア様の護衛を不安に思うのであればお主が行けばよかろう」
「い、いいんですか……?」
状況を淡々と説明していたディオギスが、途端に顔色をぱあっと明るくした。彼にとって敬愛するイリアの側に居られるという事は、何にも変えられない喜びのひとつだ。
「う、うむ……非常事態だからのう」
全く表情を変えないウォルトも、奇才と呼ばれるディオギスのこの唐突な豹変振りに少しだけたじろいだ。
「ありがとうございます、ウォルト卿! うわあ、今日はなんていい日なんだ! すぐにイリア様の護衛に向かいます」
「神官長護衛の騎士は早急に持ち場に着け、祈りの間におる一般人はBクラスの騎士で結界のあるマグリアス様の下へお連れしろ。Aクラスの騎士は儂に続け!」









『始まったみたいだね──ふふふ、キミのこの完璧な姿を見たらお父様はどう思うかなあ?』
『……』
『ああ、抵抗しても無駄だよ。キミの事だから、きっとボクに身体を開け渡して封印しようと思ったんだろう? でもざぁんねん。キミの力では無理。勿論、キミのお父様だって、ボクには勝てない』
少年は己の中に居るもう一人の人物に語りかけているのか、口角を吊り上げて妖艶に嗤った。
『神殿騎士による血の宴を始めようじゃないか』
少年は足元に転がる青の神官服を纏う騎士の死骸を蹴飛ばした。
ぽーん、と軽い音と共に人の頭が飛ぶ。そしてそれは丸く黒い渦となり、ケタケタ笑う不気味な生物が生み出される。
『さあみんな行くよ。“あの女“を仕留めたコに、ご褒美だ!』











風の匂いが変わった。この、大戦の前に感じる高揚感は何年振りか。
招かれざるものアウトサイダーの目的は未だ不明。しかし、この数十年、数百年遡っても奴等がクレセント大神殿を直接狙って来たのは“初“だ。
何故招かれざるものアウトサイダー達はクレセント大神殿を襲わないのか。それも最初の頃はマグリアス様の張っている強力な結界によるものと考えられていた。
が、実際は違う。

ストラテジー】を新たに継いだ若き女軍師、ソフィアの提唱によると、敵は明らかに何かを探して行動をしていると判明された。
その“何か“がメタトロン帝国にあると想定されていたからこそ、シャルムやクレセント大神殿ではなく常にフレイアが最前線で戦う事になっていたのだ。
しかし此度は【ストラテジー】ですら把握出来ない情報。間違いなくあの時と同じ、またはそれ以上の敵であろう。
かつてのフレイアを壊滅直前まで追いやったSクラスの招かれざるものアウトサイダー

此方は経験値の乏しい神殿騎士のみ。被害を考えるのならば、彼らを全て神殿への護衛に戻した方が良いものか──。
「ウォルト卿、総員配置につきました」
「此度の招かれざるものアウトサイダーはSクラスと想定出来る。生きて帰れる保証はない。命が惜しくば大切な者のところに戻るが良い」
兵士らはウォルトの重い言葉に閉口した。過ぎるのは全滅。そう考えるとこの場にわざわざ残る者は無いだろう。しかし、予想に反して数名の騎士らが一歩前進した。
「我々はマグリアス様に命を救われた者達です。例え力及ばずとも敵前逃亡などしません」
「この命でお役に立てるのでしたら」
次々と兵士らがウォルトの側に膝をついて頭を下げる。その姿に老兵の目尻が熱くなった。
次に布陣を伝えようと口を開いた瞬間、後ろで待機していた兵士らが突然轟音と共に何かに突き上げられ、宙に浮いた。
「な──!?」
次々と地面が隆起し、生まれた穴から巨大な蔦が伸びる。その不思議な動きは兵士をグルリと絡めとり、蔦の中へと吸い込んだ。
──どういう仕組みなのかさっぱりわからないが、多分巨大な亜空間にでもなっているのだろう。

(この化け物を扱う召喚士が近くにおるはず……)

「ひ、ひいいい!」
「なんだ、これ──!?」

実戦経験のない神殿騎士では手も足も出ない。なす術なく、スルスルと蔦に喰われていく兵士らの前で、ウォルトは己の魔装具を早々に取り出した。
「我が呼応に応えよ、グレイブシーザー!」
地面に深々と突き刺した重厚な両手剣は眩い光を放ち、クネクネと舞う蔦へと衝撃波を飛ばした。途端に蔦の動きが止まる。それと同時にまだ生き残っている兵士らの周囲にうっすらと光の壁が与えられた。
「こ、これがウォルト卿の力……」
「申し訳ありません……我々が至らないが故に……」
「お主らはクレセント大神殿へ戻り、イリア様にこの件を報告してくれぬか?」
「イリア様、ですか……?」
彼らはカシム大神官の直属から更に指示を受けて動いている。なので現状報告はカシム大神官へ報告するのだが、ウォルトはもう一度深く頷いた。
「うむ、カシム大神官でもマグリアス教皇ではないぞ。イリア様にじゃ」
「か、畏まりました!」
新たな指示を受け、兵士らは慌ただしくクレセント大神殿の方へ動き出した。

(あの方であれば、儂の意図を察して下さる)

兵士らが動き、暴れていた蔦も完全に沈黙したのを確認したところで、ウォルトは懐から手鏡を取り出し、周辺を調べ始めた。
魔力に疎いウォルトでも何か異変があると手鏡が反応するようになっている。深い亀裂に差し掛かった所で手鏡が紫色の光を帯びた。
「この感じ、異常な魔力濃度──それに今までとは攻撃方法が異なる。何者かに統一された“意志“すら感じられる……」
敵の撤退が異常に早かったのも気がかりだ。招かれざるものアウトサイダーを撃退出来るのは魔装具のみ。クレセント大神殿にも魔装具があると察したのか、それとも──?

招かれざるものアウトサイダーは戦闘を重ねて成長する魔物であるとソフィアが数年前に分析していた。
そして、その敵の核となるものはまだ未知数。裏で招かれざるものアウトサイダーを操る大物が存在するのか、それぞれの個体がレベル分けしているもので単独行動なのか。そして奴等が狙う何か。
「もう一度メタトロン帝国に行く必要がありそうじゃの」
ディオギスから預かった手鏡を地面に差し込み、ウォルトの任務はそこで終了となるはずだった──。
雑音と共に地面に差し込んだ手鏡が白い光を放つ。
『──卿、やく戻、て──』
「ディオギスか? 何があった!」
手鏡は一方的な通信を放ち、光を失った。どうやらこちらから会話する力は無いらしい。ウォルト自身も通信能力を持たない為どうしようもない。
「くそっ……クレセント大神殿が狙いか!」
招かれざるものアウトサイダーは明らかに知性を持っている。
裏にいる“何か“と強烈な胸騒ぎを感じたまま、ウォルトは愛馬を神殿へと走らせた。

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