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古事記の神話 #015(藤沢 衛彦)

十五 天之岩戸あまのいはと

 天照大御神は、須佐之男命の数々の悪行を御覧になつて、おそれられて、天の石屋戸を閉めて御籠りなされた。それで、高天原は皆暗く、葦原中原も悉く闇となつた。此故に、夜ばかりがつゞいた。そこで多くの邪神共の騒ぎ立てる声は、五月の蠅の湧き立つがごとく、無数の妖気が、皆一時に発つて来た。

 そこで、八百万の神々が、天安の河原にお集りになつて、評議をこらされた。高御座巣日神の御子、思金神の思慮の智謀によつて、常世の長鳴鳥(鶏)を沢山に集めて鳴かせ、天安河の河上の天之堅石を取りて、金砧とし、天金山の鉄をとりて材料とし、鍛治の天津麻羅を召して伊斯許理度売命に命じて、鏡を作らしめ、玉祖命に仰せ付けて、八尺勾玉の五百津の御須麻流の飾珠を作らしめ、天児屋根命、布刀玉命を召して、天香山の男鹿の肩の骨を全抜きに抜いて、これを天香山の樺桜にて焼いて、占はせ、天香山の多くの榊を根抜ぎに抜いて、その上枝には、八尺の勾玉の五百津の御須麻流の飾珠をとり著け、中枝には八咫鏡を飾りかけ、下枝には、白舟寸手(白い柔かな布)や青舟寸手をかけたれて、此等の種々の物は、布刀玉命が立派な御幣として捧げ持ち、天児屋命は祝詞を唱へ、手力男神が、岩戸の脇にかくれ立つて、天字受売命が、天香山の日蔭葛を襷とし、真折葛を蔓となし、天香山の笹の葉を束ねて手に持つ物とし、天石屋戸の前に庭燎を挙げ、空槽を伏せて、その上を踏み鳴らし、神に憑かれた気狂ひのごとくになつて、乳房をかき露はし、裳の紐を陰部までたれ下げた。かく躍り廻れば、八百万の神たちは、一所になつて高天原の震り動む程笑ひ給うた。

 天照大御神は、このあまりに笑ひ動むのを聞いて不思議に思召されて、岩屋戸を紐目にあけて内から、

 「わが此処に籠り居る故に、高天原は皆暗く、葦原中国も、凡て闇であらうと思うてゐるに、何とて天字受売命が面白がり、また八百万の神々達が、笑ひさゞめくのであるか」

 と仰せられると、天宇受売命は、

 「貴神に優つた貴い神がお在でなされたからして、観喜び楽しむのであります」

 と答へた。斯様に申してる間に、天児屋命、布刀玉命が、その鏡を差し出した。すると天照大御神の御姿が映つた。大神はいよいよ不思議に思はせられて、少し戸からおいでになつたときに、其処にかくれてゐた、手力男神が、大神の御手を取つて、引出し奉つた。早速に、布刀玉命が七五三縄を、その後方に張り廻して、

 「此より内におはひりになつてはいけませぬ」

 と申上げた。天照大御神が、お出ましになつたときに、高天原も、葦原中国も、自然と明るく照り渡つた。

#016 へ続く(👈リンクあり)

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