古事記の神話 #028(藤沢 衛彦)
二十八 喪山
天若日子の妻、下光比売の哭き悲しむ声が、風のまにまに天に響いた。そこで天上にある天若日子の父、天津国魂神及び天若日子の妻子共は、それを聞いて、下り来つて哭き悲しみ、そこに喪屋を作り、河雁を食為持とし、鷺を箒持とし、翠鳥(翡翠)を供饌者、雀を春女とし、雉子を鳴女として、八日八夜歌舞を行つた。
時に、阿遅志貴高日子根神、此処に至り、天若日子の喪を弔うたところが、天若日子の父及び妻などは皆哭いて、
「わが子は、まだ死なずにゐる」
「わが夫の君は、死なずにお在でになる」
と云ひながら、阿遅志貴高日子根神の手足に取りついて、哭き悲しむだ。此神と天若日子の容貌が甚しく、よく肖てゐたから、かくは間違つたのである。阿遅志貴高日子根神は、大いに怒つて、
「われは、親友なれば見舞ひに来たのに、何故、われを汚らはしい死人に、くらべるのである」
といつて、その帯びたる八握劔を抜きて、その喪屋を斬り伏せ、足にも蹴飛ばした。美濃国、藍見川の川上にある、喪山といふのは、即ちそれである。その斬つた大刀の名を、大量といひ、一名を神度劔ともいふ。
阿遅志貴高日根神が、怒つて飛び去られた時に、その妹、高比売命(下光比売の一名)は、此神の誰なるかを、集れる神々に、知らさうと思つて歌をうたはれた。
天在や
弟棚機の
頂所嬰 玉の御統
御統に 明玉光映
真谷 二亘らす
阿活志貴 高比古根神ぞや
(釈)天にある、受らしき機織女の、頸にかけてゐる、麗はしい玉のやうに、光り映いて、二つの谷まで、輝り渡つた、阿遅志貴高日子根神であるぞ。
此の歌は、夷振といへる、楽府にて歌ひ奏する、歌の一種である。
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